第5話 【起業】かつてのパワハラ上司が「雇ってくれ」と泣きついてきた。~ホワイト企業(家畜小屋)へようこそ、残業は一切ありません(出荷まで)~

あれから3年。  俺は、辺境の惑星を一つ丸ごと買い取り、そこに巨大な施設を建設した。


 『株式会社・人類牧場ヒューマン・ファーム』。  表向きは「絶滅危惧種テラ・サピエンスの保護・繁殖センター」。  実態は、銀河で最も高品質な「人間」を供給する生産工場だ。


 俺は最上階のCEOオフィスで、最高級の合成ワインを揺らせていた。  仕立てのいいスーツに身を包み、窓の下に広がる広大な「牧草地(飼育エリア)」を見下ろす。  そこでは、白い服を着た数千人の人間たちが、何も知らずに健康的な運動を楽しんでいる。


「社長。入植希望者が面会を求めています」


 AI秘書が告げる。  モニターに映った男の顔を見て、俺は思わず吹き出しそうになった。


「通せ。……懐かしい顔だ」


     ◇


 入ってきたのは、薄汚れた作業服を着た中年男だった。  ハゲ上がった頭、卑屈な背中。  だが、その目はまだ死んでいない。


「お、おい……本当にカイドウか? カイドウ君なのか!?」 「お久しぶりですね、田中課長。いや、今はただの田中さんですか」


 俺はソファに深く座ったまま、笑顔で迎えた。  田中。  旧地球時代、俺が勤めていたブラック企業の直属の上司だ。  毎日「死ね」「無能」と罵倒し、俺にサービス残業を強要し続けた男。  それが今や、宇宙の難民キャンプを転々とする浮浪者だ。


「まさか君が、こんな立派な会社の社長になっていたとはな! 噂を聞いて飛んできたんだよ!」


 田中は俺の手を握り締め、揉み手をした。


「なぁカイドウ君、いや社長! 私をここで雇ってくれないか? こう見えてもマネジメントには自信があるんだ。君の右腕として、従業員の管理をしてやるぞ!」


 相変わらずの図々しさだ。  自分の立場が分かっていない。  だが、俺は鷹揚おうように頷いた。


「いいですよ。ちょうど『人材』が不足していたところです」 「おお! さすがカイドウ君! 昔から見込みがあると思っていたよ!」 「うちは『ホワイト企業』ですからね。残業なし、1日3食完全支給、医療ケア完備。衣食住の心配は一切ありません」 「素晴らしい! 夢のような環境だ!」


 田中が目を輝かせる。  俺はデスクから一枚の契約書(電子パッド)を差し出した。


「では、ここに入社・・のサインを」 「はいはい、すぐに書くよ!」


 田中は契約内容も読まず、震える手で署名した。  『所有権譲渡契約書』に。


 承認の音が鳴る。  その瞬間、俺の表情から笑みが消えた。


「採用おめでとう、田中。――警備ドローン、連れて行け」


 ウィィン!  天井からアームが伸び、田中の首をガシリと掴んだ。


「ぐえっ!? な、何をするんだカイドウ君! 私は部長待遇で……」 「部長? 寝言は寝て言え。お前の配属先は『D棟・第4肥育房』だ」


 俺はモニターを操作し、田中のステータスを表示した。  年齢45歳。肉質ランクD(硬い)。繁殖能力E(期待薄)。


「お前みたいな『硬い肉』は、食用には向かない。だが、ストレスを与え続けて胆汁たんじゅうを採取すれば、精力剤の原料になる」 「は……? 肉……? 原料……?」 「安心しろよ、田中さん。約束通り『残業』はない。死ぬまでケージの中で管に繋がれて、寝ているだけでいい仕事だ。お前が大好きだった『不労所得』みたいなもんだろ?」


 田中の顔が恐怖で歪む。  ようやく、ここが「会社」ではなく「牧場」だと気づいたらしい。


「ふ、ふざけるな! 私は人間だ! お前の上司だぞ! 訴えてやる!」 「却下する。お前はもう『当社の備品』だ。備品に人権はない」


 俺は冷たく言い放ち、ドローンに合図を送った。


「連れて行け。――ああ、そうだ課長」


 引きずられていく田中に、俺は最後の言葉を贈った。


「昔、俺に言いましたよね。『代わりはいくらでもいる』って。……安心してください、お前の代わりも山ほどいますから、すぐに廃棄処分になれますよ」


「ギャアアアアアアッ!!」


 断末魔のような叫びと共に、かつての上司が「在庫エリア」へと消えていった。    俺はグラスのワインを飲み干す。  最高に美味い。  これが成功の味か。それとも、復讐の味か。  どちらにせよ、ビジネスは順調だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る