第十一章「影の入口」

境界を越えた瞬間、

音が消えた。


波の音も、

風の音も、

自分たちの足音さえ――遠い。


そこにあるのは、

石の床と、静寂だけ。


「……城の中?」


アレルが小さく呟く。


だが、ここは“中”というより、

外でも内でもない場所だった。


削られた跡のない石畳。

補修も、装飾もない。


最初から、

こう在るために在る空間。


ミリアが周囲を見渡す。


「……魔力の流れがありません」


「結界も、罠も……」


「ない、というより――

必要ない、ですね」


トーマスは、前に出ない。

アレルの半歩後ろ。


その距離が、

今の正解だと理解している。



問いの回廊


奥へ進むと、

回廊が続いていた。


暗くはない。

だが、光源もない。


壁に刻まれているのは、

紋章でも呪文でもない。


言葉だった。


「力は、何のためにあるか」

「守るとは、誰のためか」

「正しさは、選べるか」


読めば、

意味は理解できる。


だが――

読んだ瞬間、

自分自身に返ってくる。


アレルは足を止めた。


「……質問されてる」


ガルドの声が、

遠くから届く。


「読むための言葉ではない。

立っている者を測る言葉じゃ」


トーマスは拳を握る。


(……ここは戦場じゃない)


(試験場だ)



敵がいない理由


進んでも、

魔物は現れない。


罠もない。

待ち伏せもない。


「……敵が、いない」


アレルの声には、

わずかな戸惑いがあった。


ミリアが静かに答える。


「正確には――

まだ“敵”と定義されていません」


トーマスは、低く言う。


「城が、

俺たちを“見てる”」


その言葉に、

全員が理解する。


ここは、

迎撃の城ではない。


支配の城でもない。


選別の城だ。


剣を抜かせる必要が、

まだ無い。




回廊の突き当たりに、

一枚の扉があった。


鍵はない。

紋章もない。


ただ、

三人分の影が映っている。


アレル。

トーマス。

ミリア。


ガルドの影は、

映っていない。


「……ここまでか」


老賢者の声。


「わしの役目は、

とうに終わっておる」


ガルドは、

一歩も前へ出ない。


それが、

彼の選択だった。


トーマスは、

一歩下がる。


前に立たない。


ミリアも、

祈らない。


残るのは――

アレルだけ。



背後からの声


アレルが、

扉に手を伸ばした瞬間。


足音。


軽い。

だが、確実。


トーマスが、

初めて声を張る。


「……止まれ」


振り返る。


そこにいたのは――

魔王軍の指揮官だった。


鎧も、仮面もない。

剣すら、持っていない。


赤い月の夜に現れた男。


「ここまで来たか」


落ち着いた声。


「……いや」


「来させた、

と言うべきかな」



告げられる選択


指揮官は、

アレルを見る。


「勇者」


「その扉の向こうに、

魔王はいない」


一拍。


「いるのは――

結果だ」


空気が、張り詰める。


「扉を開ければ、

世界は戻らない」


「剣を抜けば、

魔王は“敵”になる」


「抜かなければ、

魔王は“役割”になる」


「どちらでも、

我々は敗北する」


トーマスは、

ここで前に立たない。


ミリアは、

祈らない。


すべてが、

アレルに委ねられる。



最後の問い


指揮官は、

静かに言った。


「勇者よ」


「選べ」


扉の前で、

アレルは立つ。


剣を、

抜くか。


抜かないか。


それとも――

問い返すか。


彼女は、

深く息を吸った。

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