第六章「海へ」

海は、平原とも砂漠とも違う顔をしていた。


地平線があるのに、

境界がない。


ポルトガの港町は、潮と金属と人の匂いで満ちている。

船が並び、荷が積まれ、怒号と笑い声が飛び交う。


「うわ……」


アレルが思わず声を漏らす。


「でっか……」


「海はでかい」


トーマスは短く答える。

感想はそれだけで十分だった。


ガルドが顎で港を示す。


「魔王城へ行くなら、

海を越えねばならん」


「船は?」


ミリアが聞く。


「金で買うか、

力で借りるか、

運で拾うかじゃな」


アレルが即答した。


「金!」


「現実的だな」


トーマスは頷く。



ポルトガ王は、手紙を読んで喜んだ。


イシスの女王からの紹介状。

期待に胸を膨らませ、

封を切り――


「……」


王は黙り込んだ。


色気も、愛想も、余韻もない。

要件だけが淡々と書かれた文面。


「つ、つれない……」


王は小さく肩を落とし、

すぐに立ち直る。


「まあよい! 船の件は大臣に任せる!」


こうして、交渉は大臣任せになった。


大臣は、現実的だった。


「船は出せる。

だが条件がある」


条件、という言葉に

トーマスの目が細くなる。


「……聞こう」


「最近、交易路で被害が出ている。

海賊だ」


アレルが前に出る。


「倒せばいい?」


大臣は即答しない。


「……可能なら、

被害を止めてほしい」


ミリアが補足する。


「討伐ではなく、

解決、ですね」


ガルドが酒を舐める。


「面倒な頼みじゃの」


トーマスは言った。


「悪事を働く奴は許せない。

行動は言葉より早い」


大臣は苦笑した。


「そう言ってくれるなら助かる」



船は、港を出た。


商船だが、護衛付き。

トーマスたちは甲板に立つ。


アレルは海を見て、少し緊張している。


「……落ちたら、

泳げない」


「落ちるな」


「それができたら苦労しないよ!」


ミリアが微笑む。


「大丈夫です。

落ちても、

祈ります」


「祈りで泳げるの!?」


ガルドが笑う。


「泳げはせんが、

死にはせん」


アレルは余計に不安そうだった。



数日後。


水平線に、

不自然な影。


「……船影だ」


トーマスが言う。


掲げられた旗。

骨十字と髑髏。


「海賊だ」


その言葉と同時に、

風が変わった。


商船が逃げようと舵を切るが、

相手の方が速い。


「体当たり、来るぞ!」


ガルドの声。


衝角が迫る――

が、商船は間一髪でかわした。


だが次の瞬間、

横付けされる。


甲板が揺れ、

アレルがよろめく。


その腕を、

トーマスが掴んだ。


「立て」


「……うん!」


ミリアは手すりに掴まり、

体勢を立て直す。


ガルドは叫んだ。


「ワシは舵から離れられん!

魔法の援護はできんぞ!」


「わかった!」


トーマスは手甲を打ち鳴らす。


海賊が飛び込んでくる。

曲刀、短剣、軽装。


一人が斬りかかる――

トーマスは剣を叩き落とし、殴る。


もう一人。

足を払う。


取りこぼしを、

アレルが止める。


剣を抜くが、

斬らない。


威圧だけで、相手を下がらせる。


ミリアは後方で待機。

祈りは、まだ要らない。


「……連携、

完璧じゃな」


ガルドが感心したように呟く。



「情けないねぇ」


甲板の向こうから、

女の声。


「男一人に手間取るなんて」


現れたのは、

赤い外套の女。


自信に満ちた立ち姿。

そして――鞭。


「頭目か」


トーマスが言う。


女は笑った。


「そう。

で、あんたが盾役だね」


鞭がしなる。


「ちっ……!」


トーマスは鞭を叩き落とす。

だが、絡め取られる。


「さぁ、トドメだよ!」


女が逆手に曲刀を構え、

跳ぶ。


「トーマス、危ない!」


アレルが前に出ようとする。


――ぐん。


トーマスは、

鞭を引いた。


「え?」


体勢を崩した女を抱え上げ――


「海へ帰れ」


ぽい、と放り投げる。


水音。


沈黙。


甲板が静まり返る。


アレルが目を丸くする。


「……斬らないんだ」


「海賊だ。

海が居場所だろ」


ミリアが小さく頷く。


ガルドは酒を飲んだ。


「……実に、

お前らしい」


海賊船は撤退した。


だが、

トーマスは前を見ていた。


(……終わりじゃないな)

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