第五章「不帯剣の誓い」

アッサラームを発った一行は、南へ向かった。

砂の匂いが薄れ、風が乾き始める。


目的地はダーマ神殿。

転職の地。

己の在り方を問い直す場所。


ガルドが言った。


「剣を持たぬ戦士が、

ただの戦士でいられると思うなよ」


トーマスは前を見たまま答える。


「思ってない」


アレルが首を傾げる。


「じゃあ、何になるの?」


トーマスは少しだけ考えた。


「……護りの剣、だ」


「剣じゃないのに?」


「剣だからだ」


意味がわからない、とアレルは顔に書いた。

ミリアだけが、わずかに理解したように目を伏せる。



ダーマ神殿は、静かだった。


祈りの声も、鐘の音もない。

あるのは、選択を待つ沈黙だけ。


神官が一行を迎える。


「転職を望む者は?」


トーマスが一歩出る。


剣を持たずに。


神官は一瞬、眉をひそめたが、何も言わない。


「何を捨て、何を得る?」


トーマスは答える。


「剣を捨てた」


「……すでに?」


「誓いとしてな」


神官は頷いた。


「では、何を得たい?」


トーマスは即答しなかった。

拳を見つめ、傷をなぞる。


「前に立つ力だ」


神官は目を細めた。


「それは戦士の役目だ」


「違う」


トーマスははっきり言った。


「倒す力じゃない。

倒れない力だ」


沈黙。


やがて神官が、ゆっくりと告げる。


「……バトルマスター」


その言葉に、アレルが目を見開いた。


「え、剣も使わないのに!?」


「剣を使う者の称号ではない」


神官は静かに言う。


「武器に頼らず、

戦いの芯に立つ者の名だ」



儀式は、派手ではなかった。


祈りも、祝福も、光もない。


ただ、

トーマスの背に――重さが乗る。


剣を持たぬ誓いが、

逃げではなくなった。


(……これでいい)


トーマスは、前を見た。



夜。


野営地で、アレルがぽつりと聞く。


「ねぇ……トーマス」


「なんだ」


「剣、欲しくならない?」


トーマスは首を振る。


「欲しい時点で、

まだ出会ってねぇ」


アレルはしばらく黙っていたが、やがて言った。


「私、剣は好き」


「知ってる」


「でも……

トーマスみたいに

剣を使わない強さも、

かっこいいと思う」


トーマスは答えない。

代わりに焚き火を見つめる。


ミリアが静かに言う。


「剣を持たない誓いは、

誰かを信じる誓いでもあります」


トーマスは短く言った。


「……そうだな」


ガルドは酒を飲みながら笑った。


「やれやれ。

若い頃に聞きたかった話じゃ」



その夜、トーマスは夢を見る。


剣がある。

手を伸ばせば届く。


だが、

剣の前に――

アレルの背中があった。


(……まだだ)


目が覚めると、夜明け前だった。


トーマスは立ち上がる。


前を見る。


剣は、まだ持たない。


だが、

誓いは――

一段、深くなった。

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