第四章「商売の街アッサラーム」
アッサラームは、昼より夜のほうがうるさい街だった。
昼は商人が声を張り、
夜は客引きが声を張る。
そしてどっちも、金の匂いがする。
「うわ……派手」
アレルが目を丸くする。
店の看板、色とりどりの布、香辛料の匂い。
路地の奥からは楽器の音まで流れてきた。
ミリアは少しだけ肩をすぼめる。
「……人が多いですね」
ガルドは鼻を鳴らした。
「人が多いところほど、面倒も多い。財布はしっかり持て」
トーマスは黙って周囲を見ていた。
前を見る、というより――逃げ道を見る目だ。
(戦場と同じだな)
敵が魔物じゃないだけで、危険はある。
アレルはいつの間にかトーマスの後ろに回っていた。
ミリアも、なぜか同じ位置にいる。
「……お前ら」
「なに?」
「なにでしょう?」
ガルドが笑う。
「背後霊が二体じゃな」
二人が同時にむっとした。
「背後霊じゃない!」
「背後霊ではありません!」
トーマスはため息を吐く。
「……好きにしろ」
そう言いながら、歩幅は少しだけ落とした。
後ろの二人が置いていかれないように。
⸻
武器屋に入ると、店主がにやにやした。
「おや、冒険者さんかい? いいのがあるよ」
壁に並ぶ剣、槍、弓、盾。
どれも見栄えがいい。値段も見栄えがいい。
トーマスは棍棒を手に取って、軽く振る。
頼りない。今までよくこれでやってきた。
「前衛の装備を揃える」
彼が言うと、アレルが頷いた。
「うん。トーマスが倒れたら困る」
ミリアも真顔で頷く。
「困ります」
ガルドは酒を舐める。
「倒れる前に、倒さんようにな」
店主が剣を差し出した。
「これなんてどうだい? よく切れる――」
トーマスは首を振った。
「弓矢や槍は俺の武器じゃない。……これもだがな」
剣を拒むのは、武器の相性じゃない。
誓いだ。
店主はあきれた顔をした。
「剣を持たない戦士? 変わってるねぇ」
「変わってるって言われても」
アレルが小声で付け足す。
「トーマスだからね」
「お前な」
⸻
夜。
宿に荷物を置いたあと、四人は街へ出た。
自由時間――という名の、危険時間だ。
アッサラームの夜は、甘い匂いがする。
甘い声もする。
その声が、すぐ隣からかかった。
「ねぇ、そこに逞しいお兄さん」
ベールを纏った女性が、指先でトーマスの腕をつつく。
「ぱふぱふしていかない?」
一瞬で、周囲の空気が止まった。
アレルが固まる。
ミリアが固まる。
ガルドだけが面白そうに酒を舐めている。
(……罠か?)
トーマスは女性を見る。
目は笑っている。口元も笑っている。
だが、足の位置が戦いの位置だ。
(客引きってより、狩りだな)
トーマスは短く言った。
「いらん」
女性はぱちぱちと瞬きをした。
「え? そんな即答?」
「俺は忙しい」
「忙しいって、夜だよ?」
「夜ほど忙しい」
アレルが後ろで咳払いをした。
「えっと……」
ミリアも咳払いする。
「……ごめんなさい」
トーマスが二人を見ずに言う。
「謝る必要はねぇ」
ガルドがぼそっと言った。
「……若造ども、顔に出とるぞ」
二人が同時に赤くなる。
「出てない!」
「出ていません!」
女性はくすっと笑った。
「かわいい子たち連れてるじゃない。お兄さん」
トーマスは言う。
「仲間だ」
「ふぅん。仲間ねぇ」
女性の視線が、アレルとミリアを撫でるように動いた。
アレルが思わず一歩前に出る。
「……何?」
トーマスが片手でアレルの肩を押さえて止めた。
「前に出るな」
「でも……!」
「俺の相手だ」
その言葉だけで、アレルは止まった。
悔しそうに唇を噛むが、従う。
ミリアは静かに祈りの準備をする。
ガルドは――酒を飲む。
「で、お兄さん」
女性が一歩近づく。
香の匂いが濃くなる。
「ほんとに、いらないの?」
トーマスは女性の手首を見る。
隠しているが、指が硬い。武器を扱う手だ。
「いらん」
「じゃあ……」
女性が笑いながら、囁いた。
「……力づくでも?」
次の瞬間、女性の袖から細い刃が滑り出た。
小さなナイフ。刺突用。
(やっぱりな)
トーマスは動いた。
剣はない。
拳がある。
手首を叩き落として刃を弾く。
女性が驚いた瞬間に、足を払う。
女性は地面に転がり、目を見開いた。
「え、うそ……」
トーマスは彼女の喉元に拳を止める。
寸止め。
「終わりだ」
周囲の客引きがざわつく。
逃げる者、集まる者。
アレルが剣を抜く――が、斬らない。
抜いた剣で、距離を作る。
ミリアが低く言う。
「怪我はありません。続行できます」
ガルドが肩をすくめた。
「……アッサラームの夜は、愉快じゃのう」
トーマスは女性に言う。
「二度とやるな」
女性は歯を食いしばり、悔しそうに笑った。
「……あんた、変な男だね」
「よく言われる」
女性が起き上がり、ふらっと去っていく。
その背中に、トーマスは追撃しない。
(斬るほどの相手じゃない)
アレルが剣を収める。
顔が少しだけむくれていた。
「……私が出たら、もっと早かったのに」
「お前は勇者だ」
トーマスは淡々と言う。
「勇者は、斬るべき時まで剣を抜くな」
アレルが言い返す。
「今、抜いたけど!」
「斬ってない」
「言い方ずるい!」
ミリアがくすっと笑った。
「でも……トーマスさんの言う通りです」
アレルはますますむくれる。
「ミリアまで!」
ガルドが酒瓶を振って笑う。
「ほれ、夜は長いぞ。次は何が来るかのう」
トーマスはため息を吐きつつ、前を見る。
アッサラームの夜は、
戦場とは違う顔で牙をむく。
だが――この街で得たのは装備だけじゃない。
(……守る順番)
前に立つ男は、
その夜、確かに“役割”をひとつ更新した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます