第三章「金の冠と盗賊」

ロマリアの城は、見た目だけは立派だった。

中身も立派かどうかは――玉座に座る王の顔が答えていた。


「盗賊カンダタに金の冠を奪われた!」


王は怒っているというより、泣きそうだった。

頭が寒いのか、心が寒いのかはわからない。


「取り返してこい、勇者よ! 褒美は――そうだな、たんまりやる!」


アレルは王を見て、それからトーマスを見た。

判断を預ける癖が、もうついている。


トーマスは肩をすくめた。


「俺は、勇者が斬ると決めたものを止めない」


(止めない。だが、決めるのはお前だ)


そういう意味だ。


アレルは少しだけ口元を引き締めた。


「……困ってる人がいるなら、放っておけない。行こう」


王は一気に元気になった。


「よし! さすが勇者! 期待しておるぞ!」


ガルドが小声でぼやく。


「……自業自得という言葉を知らんのか、王は」


ミリアが困ったように微笑む。


「でも、取り返せば被害は止まります。早い方がいいですね」


トーマスは城を出ながら言った。


「悪事を働く奴は許せない。行動は言葉より早い」


アレルが笑う。


「うん、トーマスはほんと早いよね」


「本音は商人との剣なき戦いより手っ取り早い」


「今の、商人に失礼じゃない?」


「俺は剣を持ってないからセーフだ」


「意味わかんないよ!」



カンダタのアジトは、ロマリア近郊の洞窟だった。

いかにも、という湿った匂い。

いかにも、という見張り。


見張りが曲刀を振り上げた瞬間、トーマスはもう懐にいた。


「……弓矢や槍は俺の武器じゃない」


拳が鳴った。

見張りの曲刀が宙を舞い、次の瞬間に本人が地面に沈む。


アレルが剣を抜く。

抜くが、斬り下ろさない。


「降りて。ここで終わりにしよう」


言葉と圧で相手の足を止める。

止まらない奴だけ――倒す。


ミリアは後ろで祈りの準備をしていたが、出番がない。

ガルドは腕を組んで頷く。


「連携は悪くない。……若造どもにしちゃ上等じゃ」


洞窟の奥、笑い声が響いた。


「へへっ、来たかよ勇者!」


盗賊カンダタ。

でかい図体に、でかい声。

そして、でかい自信。


「王冠が欲しけりゃ、俺を倒して――」


言い終える前に、トーマスが一歩出る。


「おい」


カンダタが眉をひそめた。


「なんだ、てめぇは?」


トーマスは拳を構える。


「剣を持たぬソードマンだ」


「はぁ?」


トーマスは笑わない。


「勇者の判断だ。だが俺は――前に立つ」


次の瞬間、洞窟に殴打音が響いた。


アレルが“抜いた剣”で守り、ミリアが“使わない祈り”で備え、

ガルドが“まだ撃たない魔法”で場を締める。


カンダタは強かった。

だが、強いだけだった。


最後に膝をついた盗賊は、息を荒くして笑った。


「……へへ。やるじゃねぇか……」


トーマスは言う。


「奪うのは簡単だ。返すのはもっと簡単だ」


アレルが王冠を拾い上げる。

金色が、洞窟の闇に眩しい。


彼女は一度だけ、盗賊を見下ろした。


「もう、やめて。次は――斬るかもしれない」


それは脅しじゃない。

宣告でもない。


自分がそうなってしまう可能性の自覚だった。


カンダタは肩をすくめた。


「……ちっ。わかったよ」


洞窟を出る帰り道、アレルがぼそっと言った。


「ねえ、トーマス」


「なんだ」


「……私、ちゃんと勇者になれるかな」


トーマスは即答した。


「なれる。怖いなら、なれる」


アレルが目を丸くする。


「え、怖いのに?」


「怖いのに前に出るのが、勇者だ」


ミリアが小さく頷いた。


「そして、怖いと言える勇者を支えるのが、私たちです」


ガルドは酒を一口。


「……ほう。言うようになったの」


トーマスは前を見る。


剣はない。

だが、道はある。


そして――仲間がいる。

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