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「いりません」
「そう言わずによ。親戚から大量に送られてきたんだけど家じゃ食いきれないんだよ」
怪異特務課、
なんでも農家の親戚が大量に送ってきたが、家では消費しきれないらしい。
机に乗りきらなかったぶんは共用の冷蔵庫にも詰められているとのことだ。
お裾分けという名の押しつけで名護と
そして二人とも他人との付き合いというものがほとんどない。
要するに近所の人間ともすれ違い程度で親しい知り合いというものがほぼ皆無だ。
持っていけ、いらないの押し問答がしばらく続く。
こうしているとまるでこれが日常で、先日のことが嘘のようだ。
「
その言葉はまさに青天の
「どうして……」
戸草が絶句すると苦虫を噛みつぶしたような顔で蕗島が言った。
「病院の職員が目を離した隙の自殺らしい」
「……どのような状況かは?」
名護が冷静に聞く。
「状況?」
「死因ですよ」
口を開閉してから、どこか諦めの表情で蕗島は言う。
「首吊りだ」
「そうですか」
淡白に言って名護は立ち上がった。
「どこへ行くんだ?」
「あなたが帰って休めと言ったのが聞こえたのですが」
「始業時間なんだが」
「では休暇を取ります」
そう言って名護はさっさと出て行った。
「……あいつはまったく」
蕗島はため息をつく。
取り残された形になった戸草を見て言った。
「お前はどうする?」
今ここにいてもできることはなにもないだろう。
掴みかけた手がかりの糸も切れてしまった。
「……俺も帰って少し休みます」
戸草が言うと蕗島は労う目線で言った。
「そうしろ」
戸草にとっては折よくというべきか、次の日は非番の予定だったので午後まで寝て過ごした。
起きると空が夕焼けで真っ赤に染まっていた。
完全に寝過ごした、と思ったが特にするべきこともないのでよしとした。
ふと戸草は一つ苺を渡すあてを思いついて言った。
「少しいただきます」
苺のパックを手に取る。
「おー。戸草はノリがいいな。誰かとは違って」
蕗島が当てこすりで言うが当然名護は無視だ。
船橋に関する事件から数日は何事もなく過ぎた。
本当に何事もなく。
事務仕事をする傍らこんな雑談をするくらいには。
だが、平穏は破られるためにあるものだ。
「失礼します」
そう言って特務課の扉が開いた。
全員が硬直する。
仕事らしい仕事をしていなかったのもあるが、人が入ってくる気配がまるでなかった。
張り詰めた空気をときほぐすように入ってきた女性は微笑む。
「ノックはしましたよ」
どこか凛とした
黒のパンツスーツ、高めの位置で縛った髪は活動的な印象を受ける。
人目を引く整った顔立ちに反して気配が薄い。
というより意図的に気配を消しているのだろうか、と戸草は思った。
前にも特殊な訓練をしている人物に会ったことがあるが、その独特の空気を感じる。
そんな観察をする戸草を見透かすように、目を細めて女性は笑った。
「お久しぶりです。といってもそれほど間は空いていませんが」
戸草は内心首を傾げる。
この女性と知り合った覚えはない。
「いやですね、もう忘れちゃったんですか」
戸草は気づいた。
口元に反して目は笑っていない。
「
戸草は目を見開く。
雰囲気が違いすぎてまるで気がつかなかった。
「知り合いか?」
「……前の事件の被害者です」
戸草は戸惑いながらもなんとかそう言う。
「被害者、という言い方は正確じゃありませんね」
津山は首を横に振る。
「私はあの家で潜入捜査を行っていました。ちょうど漫画のアシスタントを募集していて都合がよかったです」
「潜入捜査?」
戸草が言うと津山はクスリと笑った。
「怪異事件を追っているのが自分たちだけだとでも?手は多いに越したことはないでしょう」
そう言って見つめてくる津山の瞳の奥に戸草は冷たいものを感じた。
「その潜入捜査官さんが何のご用でしょうか?」
平坦な声で言って名護は戸草の前に出た。
なんだ?
名護を見た津山の目つきは少し険を含んだ気がした。
「新たな怪異事件が起きたので合同捜査を申し出に伺いました」
そう言って津山は蕗島のデスクに書類を置いた。
広報課、という文字がちらりと戸草の目の端にうつった。
たしか、広報課というのは怪異特務課ができる前にこの部屋を使っていた部署ではなかったか。
蕗島が苦い顔をする。
「……そうくるか」
ついで書類に目を通して視線をさらに険しくした。
「名護と戸草」
二人に向き合って不本意そうに蕗島は言う。
「怪異関連だと思われる事件について広報課と合同捜査の要請がきている。二人とも協力して捜査にあたれ」
は?、と戸草は言葉に違和感を感じる。
自分と名護が他の課と合同捜査?
そんなことが有り得るのか。
蕗島の苦りきった顔を見ると冗談ではないようだが。
津山は勝ち誇った顔で笑う。
「申し出という言葉を使ってはいますが、あなたたちに」
名護は言葉をつなげる。
「拒否権はない、ということでしょうか」
津山が一瞬笑みを崩して、名護を睨んだ。
すぐに表情を元に戻す。
「まあそういうことです。捜査は明日から始めます。それまでに用意を整えておいてください」
そう言ってから机の上に目を止めた。
「そういえば、苺余っているらしいですね。一ついただきます」
パックを手に取ると実を一つ口に含んで言った。
「甘くておいしい」
「失礼しますね」
入ってきたときと同様に静かな音で出ていく。
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