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ゴホゴホッと水を吐き出す。
荒い息を整えて、立ち上がる。
戻ってきた。今度こそ間違えるわけにはいかない。
ぐにゃりと嫌な感触がした。
まだ悪夢の続きにいるようだ。
粘液が滴る赤い肉の壁の中に立っていた。
「これは……」
シュウシュウと嫌な音がする。
よく見ると靴の表面が少し溶けていた。
舌打ちする。
時間がないようだ。
名護はどこに行ったんだとあたりを見渡す。
白い靄が見えて、煙のように流れてくる。
吸いこんではまずい気がして口元を袖で覆う。
グイッと肩を掴まれた。
戸草が
シャツが破れていて、どこか疲れた顔をしている。
しかし、その顔にはいつもの薄ら笑いが浮かんでいた。
戸草は口元を塞ぐよう仕草で示すが名護は首を振った。
「いえ、大丈夫ですよ。私には効かないので」
名護は肉の壁に触れる。
少しだけ声に苛立ちが混じっている気がした。
「ここはマガモノの腹の中というわけですね」
クッと喉を鳴らして。
「まったくしてやられましたよ」
肉の壁がどろりと崩れたようになって。
しかし、それは次の瞬間最後のあがきか触手の形になると名護を締め上げた。
名護はそのまま吊り上げられる。苦しそうな顔さえしてないが、このままでは締め殺されてしまうかもしれない。
嫌なことを考えてしまった。
なんとかしなければ。
その時、足元をなにかが駆けていくのが見えた。
それは貝の姿をした異形だった。
グロテスクに殻の間から目玉と足が突き出ている。中から白い煙が吐き出されていた。
なんだこれは。
「戸草くん」
喉が詰まったような声で名護が言った。
「それがおそらくこの世界の核ーー、マガモノです。潰してください」
見つかったと気づいた途端動きが加速した。
逃げ足が早い。
逃すか、と思った。
腰の銃を抜き取る。
発砲。
乾いた音がして泥のような肉塊が飛び散った。
ギイ、と鳴き声だけがそこには残る。
触手がほどけ名護は床に着地した。
袖をまくり上げると爪で手首を引っかくように裂いた。
血が赤い床に滴り、焼けるような音がした。
血の波紋で幻想の世界が溶けていく。
気がつくと二人は先ほどいた部屋に戻ってきた。
腰が抜けたように床に座りこんだ津山が肩を震わせている。
「よか、よかった……」
名護と戸草の姿を見てやっとそうだけ言う。
そして、ヒッと息をのんだ。
「先生……」
名護と戸草が目をやると、船橋が口からブクブクと黒い泡を吹いている。
その姿は貝の砂抜きのようだった。
「これは……」
「マガモノが体内から出てきているようですね」
名護が冷静に言う。
「医療班に連絡しておきましょう。うまくいけば助かりますよ」
そう言って携帯電話を取り出す。
ふと、戸草は窓際に不穏な気配を感じた。
マガモノに行きあったような寒気。
古畑はいつの間にか姿が見えない。
「津山さん、古畑は……」
「わ、わかりません。二人が消えた途端泡みたいに形が崩れて消えました」
部屋の床が水浸しになっている。
戸草が妙な気配を感じる部屋の奥に目をやるとカーテンが閉まっていた。
もう一つ部屋があるような不自然な区切りだ。
カーテンを引くと、部屋の中に深海を再現したような暗闇が広がっている。
壁のスイッチをつけるとぼんやりとした明かりがついた。
奇妙で幻惑的な空間が広がっていた。水槽が部屋を埋め尽くし中になにかが入っている。
灰色と緑の藻を混ぜたような物体が沈んでいる。
少し観察してそれがなんなのか気づく。
原型をかろうじてとどめているこれは、切断された人の身体だ。
吐き気がこみ上げてきて口に手を当てて床に足をつく。
「戸草くん。どうかしたんですか」
名護さん、という声を出すので精一杯だった。
戸草の背後から見ていた名護は
「一人でこれだけのものを始末するのは大変ですから、ここに置いてあったみたいですね」
まったく動じてない。
戸草は不意に思ってしまった。
後ろに立っているのは本当に人間なのか?
これを見て、なんとも思わないのか。
取り乱す姿を見たいわけじゃないが死者を
人でなし。
そんな言葉が浮かんだが自分が言えた義理じゃない、と戸草はその考えをすぐに打ち消した。
どこかでサイレンの音が聞こえた気がした。
ひとまず、これで今回の事件は終わったのだ。
そう思うことにした。
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