第3話 支援室で再び

 入学式の後、瑞恵が支援室に訪れると、既にはじめ父子がコーディネーターの橋本さんと会話をしていた。

 橋本さんは物腰が穏やかな方で一も安心して話せた。

「安倍君は数学がお得意なんですね。大学ではぜひ得意な数学を極めてください。その足を引っ張らないよう、私は精一杯英語の指導をします」

 瑞恵の目に橋本さんの笑顔が頼もしく映る。

 一父子の「お願いします」に力がこもる。

 邪魔しない方がいいだろうと入口で待っていると、橋本さんが気付いたようで、

「どうぞ」

 と声をかけてくれた。

「失礼します」

 瑞恵が軽く頭を下げると、橋本さんも軽く会釈をした。

「今、ちょうど同じ理工学部一年生と面談していたところでして」

 橋本さんが紹介しようとしたとき、瑞恵と一の目が合った。

 一瞬の間の後、二人はどちらともなく微笑んだ。

「あれ? 二人は知り合いなんですか? 」

 橋本さんは二人を代わる代わる見た。

「はい。小学校の同級生です」

 瑞恵が言うと、一も大きく頷いた。

「ええ、それは知りませんでした。なら話が早いですね。二人同時に履修登録しましょうか」

 瑞恵は早速自分で作ってきた時間割の案を自信満々に見せた。

 毎日コマを全部埋めれば単位要件を満たせるでしょう? 


 橋本さんは数秒のうちに腹を抱えて笑い出した。


 何がそんなにおかしいのだろう? 

 瑞恵は困惑の目で橋本さんを見た。


「特別支援室に来る学生さんあるあるですね」


 橋本さんの笑いは止まらない。

 瑞恵は何が間違いなのかさっぱり分からなかった。


 横を見ると、一君の時間割も週五日、毎時間埋まっていた。

 一もまた困惑の目で見ている。

 父親は「初めてそんな時間割を見た」と言って橋本さんと同じように笑っている。


「いいですか、単位とコマ数は違うんです」

 橋本さんは笑いを沈めると、静かに説明した。

「単位というのは、その科目を履修し、試験に合格すればもらえる点数みたいなものです。履修して取得出来る単位は科目によって違います。二単位のものと一単位ものがあり、卒業研究は六単位になっています。卒業に必要な単位数が決まっています。一方、コマ数というのは、講義や演習の数です。一学期あたり二十四単位までしか履修出来ないので、二単位の科目を十二コマまでなら履修出来ます」


 瑞恵は盛大に勘違いしていたことを指摘され、顔が熱くなるのを感じた。


 橋本さんの手を借りて、瑞恵も一も、卒業するのに必要な科目から絞り込んでいった。

 理工学部で必須となる数学系、物理系の科目、それから英語は優先的に時間割に組み込んだ。

 幸い理工学部は選択科目が少ないので、解きやすいパズルのように時間割が埋まった。


 フリースペースでは先輩学生がテキストのノートを開いて課題を解いていた。一たちと同じ学部の学生もいれば、他学部の学生もいた。

 こんな場所で学べるのだと思うと、胸が少し高鳴った。

 理工学部の先輩が何やら数式のごちゃごちゃ書いたテキストを開いている。

「フーリエ解析だ」

 一は目を輝かせて瑞恵に囁いた。

「フーリエ解析? 」

 瑞恵は「フーリエ解析」なるものの存在すら知らなかった。

「二年次前期に履修する科目だよ」

 瑞恵は一の博識に感心した。

 やはり一は小学校のときからの頭がいい。

 一はテキストの問題を一瞬見ただけで答えが分かったのか、先輩の手が止まると、突然立ち上がった。

 小学生の頃と同じだ、と胸が温かくなった。

 変わらない一が、少し嬉しかった。


「ちょっと、安倍君、どうしたの」

 橋本さんが声をかけると、一は慌てて座った。

「すみません、ちょっと数学の問題が見えて気が散りました」

 一は肩を縮めた。

 瑞恵は「変わってないね」と吹き出した。

「安倍君は数学が得意だもんね。でも助けを求められるまでは何もしない方がいいよ」

 橋本さんは履修登録の話題に戻し、三時間かけて時間割を完成させた。


 それから新しく導入したシステムにログインし、ウェブ上での登録を済ませた。

 こうして、二人の大学生活が静かに始まった。

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