第五話 首輪が外れる時

杖を構えている隙はなかった。

媒介する道具を一切使わず、素手での魔法を行使する方が得意とするエルネスティと違って、私は杖を使った方が魔法との相性がいい。道具の使用有無については、力量というよりも魔法使いの性格によるところが大きい。

杖を構えた方が私は魔法のイメージがつきやすい。

のだが、今はそんな贅沢を言ってられない。


エルネスティなんかから言わせてみれば、道具を介す方がよっぽど魔力の流しこみ方がわからないために大変らしい。

一度コツを聞いてみたこともあったが、今一つしっくりこなかった。

だから適切な魔道具がない時には、思い込むことにしている。


自分の指先を杖だと認識して、魔力を流し込む。


「……へえ。おもしろいですね」


防御壁を展開すると、のんびりとそんな声がかかる。それは、キリュウ側に立つものの、手は貸していない状態のユーデルだった。

傍観者面で、まるで観察する動物を見つけたと言わんばかりにこちらをみている。その目が、あの日魔獣を見つけた目と酷似している。


この、観測者視点の変人学者め……。


石の一つでも投げてやりたいが、生憎とそんな暇はない。

やや離れた位置に、本片手にこちらを観察しているユーデルに気を逆撫でられる。なんで参加もしないくせにこの場にいるんだあの変人は。


だが、苛ついて魔力がブレたらどうしようもない。

ユーデルから意識を逸らし、目の前の攻撃に集中する。

とにかく今は硬度を保つ。相手の疲労を誘う。


「クッ……本当に硬い!」

「防御の腕だけは一人前だな……っ!」

「執念深い女っ!」


口々に文句を言う彼らにムカつかないこともないが、何を言い返してもきっと話は通じない。そんな無駄をするくらいなら、もっと硬く、もっと強固な防御を貼り続ける。

その硬さに、剣士が潔く弾き返され始めた。

結界に叩きつけられる衝撃が、じわじわと腕に響く。


——けれど、まだ、持つ。余裕はある。


歯を食いしばり、魔力を流し続けた。

防御魔法は“耐える”魔法だ。耐え続ける限り、削られるのは私の方。大丈夫、我慢くらべは得意な方。


かっこいい攻撃ができなくとも。地道な戦い方だと笑われても、何を言われても、構わない。

相手の気力を削いでやる。

防御は最大の攻撃なのだと言わしめてやる。

そして最後に反射魔法で相手に攻撃を返す。それが一番穏便な方法だ。


多勢に無勢と言いながらもあっちはたかだか学生の素人集団。叩きすぎるのも良くない……そう、前みたいに理不尽に教師から怒られないためにも。

見極めるのは相手の持久力。そして、リフレクションを貼る一撃必殺のタイミング。


細く長い息をつき、更に力を込めようとしたところだった。

舌打ちしたキリュウが大声で吠える。


「雑魚のくせに鬱陶しいわね!本当に!エルにみっともない片思いしてるから隣に居座ってるだけのくせに!」


「えっ……な!」


——あ。


結界に流していた魔力が、ほんの一瞬だけ乱れる。

自分でも分かるほど、はっきりと。無様に。


キリュウのその言葉に、思わず結界の手が緩む。

か、片思いって大声で吠えられた!


ほんとうにこの女、なんなの!?

人の感情に土足で踏み込むのにも程がある!

誰にも……、それこそエルネスティにも伝えてない思いをどうしてこんな形で暴露されなくちゃいけないんだ!


否定しなきゃ。

違うって言わなきゃ。


そう思うのに、息が浅くて声が出ない。

顔が熱くて、視界が滲む。


否定するだとかの言葉は、浮かんでは消えるだけ。言い返せない。

情けなくもジワリと涙が出そうになったのを、エルネスティが凝視しているのが分かる。しかしそっちには当然目なんか向けられなかった。

だから、先ほどからこちらに切り込んできている剣士達の方を見るしかない。

戦いに! 集中するのだ!

八つ当たり気味に剣士を睨む。そうすると、相手がハッとした顔になった。

よくわからないが睨んだことで動揺を誘えたのか四人ともの攻撃の手が緩む。

ほっとしたのも、束の間。


「っ今よ! やっと隙を見せたわね! エル! 魔法を今解いてあげる!」


そういって、キリュウがエルネスティに手を伸ばす。

それは光魔法を……いや、違うこれ聖魔法だ。


(……すごい、生で見たの初めて)


私の今まで誰にも破られたことのない制限魔法が、パキンと音を立てるのを肌で感じた。

――破られてしまう。


「あ、……? うそ……」


壊れ、た。


あー、……私の制限魔法って聖魔法には弱かったのか。

これはまた改良の余地があるな、今まではエルネスティが破れないことを特化してばかり作ってたから………とか、半ば意識を飛ばして魔法のことを考えていたら体がふわりと、浮かんだ。体の拘束とともに。

しかしこの拘束というのは私の得意とする拘束魔法ではない。単純に、私の体をエルネスティが抱きしめている。その上で浮遊魔法で飛んでいるのだ。

エルネスティの匂いが広がって、エルネスティのちょっと低めの体温が伝わる。

ヒュっと息を呑み、今度こそ顔どころか身体中が真っ赤になるのが自分でも分かった。


近い。近すぎる。


体温。

匂い。

鼓動。

すべてが、現実的に一気に押し寄せる。


エルネスティの胸元からそっと顔を上げる。

ものすごく離してほしいが、しかしその前に私のパートナーが人殺しにならないか不安だったのだ。おずおず視線を合わせると、エルネスティは、笑った。壮絶な色を帯びた顔で。


「ああ、……可愛い」


エルネスティは私に聞こえるだけの声でいう。

口をパクパクすることしかできない私を、エルネスティは上機嫌に笑う。

それから私の頭を胸に押し付けるように抱え込んで、それからまさに文字通り、片手間に手をかかげた。


「殺そうと思ったが、今は最高に気分がいい。半殺しで勘弁してやる」


その瞬間、空気が凍った。

まずい、と思って考えるより早く声が出る。しかし、それは遅かった。


「あ、えるねす、てぃ、」

「………しっかりさっきのスフィアの顔は忘れろよ」


――エルネスティの魔力が、指先に宿り、膨れ上がる。


見なくてもわかる、あのいつもの嗜虐に満ちた顔で笑ったんだろう。

下からヒッと引き攣った声がしたと思ったら、そのまま大きな悲鳴へと変わった。


「きゃーーーー!!????」

「うわあああ!?」


そろそろと下を見たら、大小さまざまの氷がものすごい勢いで落ち続けている。

殺傷力のありすぎる雹だ。一生懸命彼らの中の魔法使いが対処しようとしているが、スピードも範囲も威力も全く追い付いていない。

私だったらこういう状況、どうやって切り抜けようかな、とまた魔法のことを考えそうになった時だった。


「スフィア、この、魔法バカめ。………今の自分の状況、わかってるか?お前にいま逃げ道はないぞ」


呆れたようにそういうエルネスティに無理やり思考を戻された。エルネスティは、私の顎を掬って、視線を合わせる。

にやりと笑うエルネスティが小さい声で「どうしてやろうな」とひどく楽しそうに呟いた。

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