第四話 悪役魔女の役割

今日も今日とて、王命による出征である。

最近は特に頻発している。


エルネスティの魔法で打ち上げた、馬鹿でかい氷柱を見ながらケホ、と一つ咳をこぼす。何か、息苦しい。温度差が激しいだろうか、と思いながら意味もなく氷柱と、その中に封じ込められ絶命したファイアードラゴンに触れる。

こんな大きな氷柱を瞬時に打ち上げるなんて、流石エルネスティの火力だ。


「スフィア、……風邪か?」


小さな咳が聞こえたらしいエルネスティが、私の手に触れる。氷柱に触れてた手をやんわりと離されて、本当に、彼は結構心配性だよなと小さく笑いが漏れた。


「いや、大丈夫だよ」


言いながら、大物のファイアードラゴンの処理をどうするかと帯同してきた騎士団が走り回っている。

そのままの状態で放置するには、素材として勿体無い。エルネスティがほぼ一発で仕留めた氷柱のおかげで傷もないし、皮も内臓も広く利用できそうだ。今は氷柱に封じ込めてるからすぐに腐ることはないが、腐敗する前に王都に持っていきたいだろう。

しかし王都からは大分距離がある。腕のいい転移魔法使いを何往復させるのと、人力で持って帰ること、どちらの方がコストが掛からないのか。


ああだこうだと話し合う騎士団の話し合い、これには私もエルネスティも加わったところで解決策に力を貸せない。

エルネスティは暇なのか、私の頭にぐりぐりと顎を擦り付けたり、後ろから私の手を握ってぐにぐにと揉んだりと手持ち無沙汰にしている。顎をぐりぐりされるのは、地味に痛い……。頭をぴょこぴょこ動かすことで抗議してみる。

そんなことを二人でしていると、ふと騎士団からの視線を感じた。


「……なんですか?」

「ああ、いや……本当にお二人は仲がいいなぁと思って」

「ファイアードラゴンを一瞬で拘束したダール様の腕ももちろんだけど、そこからのライゼン様の攻撃も見事な連携でしたもんね!」

「二人がいれば、本当に怖いものなしというか!」


団員の人が私たちから目を逸らしながらも慌てた様にいう。

エルネスティはとくにそれには反応もせず、私もとりあえず曖昧な笑みをして礼を言う。


(怖いものなし、か)


本当にそうだろうか。


最近の魔獣の出現率は高く、討伐要請も多い。

今の所は私もエルネスティも目立った傷を負ったこともないが、私たちの傷は、基本的には防御役である私の腕にかかってる。

エルネスティが私を信じて攻撃を打ち、防御や制御は私が行う。

万一のことがない様、日々鍛錬は積んでいるが慢心はしてはいけない。何かがあった時のために、やはりヒーラーは必要なんじゃないか。


「エルネスティ」


前は一瞬で却下されてしまったが、やはりパーティーの見直しが必要な時期に来ている。

もう一度、提案してみよう。

そう思ってエルネスティを改めて見上げる。


が、私を見るその目が、一瞬ものすごく冷えたものになった。


思わず、尻込むくらいに。

さっきまで機嫌は悪くなさそうだったのに、なんでいきなり。

話そうと意気込んだ口が中途半端に開いたまま、固まってしまう。

そんな私に、エルネスティはふっと笑ってから頬を撫でた。さっきの冷たい視線なんて、何もなかったことの様に。


「スフィアはほんと、思ってることが分かりやすいな」

「……え?」

「なんでも。……おい、いつまで竜の処理方法なんかで俺ら待たせんだ?」


そういって、エルネスティが騎士団の方を振り返る。そうすれば、若干青い顔をした騎士団の面々が謝りながら慌てて帰路の準備を始める。


一旦、この氷柱がすぐに解けることはないと判断して帰ることにしたらしい。

しかしその後、エルネスティが終わったのだからと私に制限魔法を早々に掛けさせたので結局話し合いができず、またヒーラーのパーティー加入の件は先送りになってしまった。



▲▽


「スフィア!もういい加減、エルを解放してよ!」


討伐後、王城へ成果報告をし、学園に戻ってきて一息ついていたところだいうのに、私の平穏はまたも呆気なくも破られる。

エルネスティとのランチも終わり、しかしまだ昼休みの時間は残っていた。なので中庭の噴水付近でひなたぼっこでもしようと、彼と歩いていたところだったのに。

平穏を引き裂くような高い声の主は、振り返らなくてもわかる。最近学園で遭遇するたびに私へ突っかかってくる、キリュウだ。

振り返る前から顔を顰める私に気付いたエルネスティが少し愉快げに笑う。私の表情が崩れたことが面白いらしい。悪趣味だ。

たまには逃げる手助けてくれるのだが、猫みたいに気まぐれなのだ、彼は。


あの一件以降、デリックに改めてキリュウについて聞いていた。

異世界の落とし子とは何なのか、と。

異世界関係の話は、基本的に王家からの情報統制が入る。そのため、文献が極端に少ない。

デリックに、彼女との一件と危惧を話したら重いため息をついて、キリュウについて教えてもらえた。

あくまで非公式、口伝のみという条件付きだったけれど。


そもそもの問題として、かなり高度にはなるが、異世界召喚というものを使える魔法使いが少ない数ながらいるらしい。

その場合、召喚術を率いての契約召喚だ。つまり、契約者と対象の間でしっかりと誓約を結んだ上で召喚されるとのである。

召喚前には国への届出も必須で、何のための召喚かなど厳正な審査をするらしい。


しかしキリュウのような、異世界の落とし子と分類される人間はそもそも道理が違う。

本当にいきなり、この世界に落ちてくるらしいのだ。

召喚術もなしにいきなりこの国にポンと現れるなど、見ようによっては誘拐である。そして、何故それが偶発的に起きるのかの説明がつかない以上、召喚してしまった世界側が責任を取らざる得ない。

異世界人がこの世界で生活を送れる様、王国が保護する。

この世界に心を開いた異世界人が、異世界ならではの知見として、国に貢献する場合も過去にはあったらしい。まあそれは、棚ぼたで得られたらいいな、程度の期待らしいが。


今回は数十年ぶりの落とし子。大体の異世界人は最初パニックを起こすらしいのだが、キリュウは違った。

いたって図太く「えー!? マジ!? 異世界転生最高じゃん!」と、はしゃいだらしい。

心臓がオリハルコンか何かでできているのかもしれない。


「……なんで突っかかって来るかな」


思わず心底からの呟きが心から漏れてしまう。

無視をしたら去るくらいの相手ならいいのだが、なにせ相手はオリハルコン製の心臓の持ち主である。

無視しても諦めず突っかかって来るので、最終的には普通に相手していた方がまだ時間がかからなかった。


……落ち着け、落ち着け。

私は眉間の皺をグニグニと揉みほぐす。


蛇蝎の如く嫌う女は何かにつけて私に突っかかってくるのだ。嫌いなら放っておいてくれればいいものを……と思うが、私のことは嫌いだがエルネスティは大好きらしい。だから一緒に行動することも多く、パートナーの私に突っかかってくる。

はあ、とため息をついて潔く振り返った。


「……増えてる……」


びっくりした。突撃してくるたびに彼女の取り巻きらしい男たちが一人二人と増えていっていたのだが、今日に至っては六人も引き連れている。

名前と顔の一致まではしないが、学園内でそこそこ有名な者もいた。そして、キリュウ以外は全員男性で、顔が良い。なんだか歌劇団か何かのようだ。

単純に数が増えていることに驚いている私に、キリュウはどう取ったのかはわからないが誇らしそうにフフンと笑った。


「私たちは王命を受けて、大躍進を続けていくのよ! 初っ端は近くにいたブリザードドラゴンだったわ!」

「ブリザードドラゴン……」

「そうよ、そしてこの大命においてエルは必要不可欠よ! 大魔法使いのエル!」


芝居かかった口調でキリュウが言う。なんだか本当に歌劇団みたいだ。そう思っていると、何故かキリュウとその後ろにいるブリザードドラゴンの討伐要請を受けたというパーティーが構え始めて、ギョッとした。信じられないことに剣先や杖が私の方を向いている。

まさか学園内で私闘をするつもりか、というか女一人に対して全員でかかってくるつもりなのか?しかし私が目を見開いている内にも、剣士が突進してくる。勿論防御魔法で弾きはしたが。


「な、ちょ……あなたたち、何っ……!?」

「ふん、やっぱり初手は固いわね……まあでも初期の中ボス戦でパーティーはエル以外全員集めてる状態だし、チュートリアルみたいなもんでしょ。楽勝楽勝」


言っている意味がまるで理解できないことをキリュウが不気味にぶつぶつ呟いた。

何から何までわからず困惑する。もちろんその間も防御魔法は張ったままだ。


いや、本当に六人を相手取るなら簡易結界を張った方が早いかもしれない、と思いながらエルネスティを見上げた。

見上げ、後悔する。見なきゃよかった。キレている。明確に、わかりやすく。


感情の抜け落ちた顔で目を見開き、六人を見据えている。

この顔は、誰から順番に殺そうか考えている顔だ。私の体からサアッと血の気が引く。絶対にエルネスティの制限魔法を解いてはいけない! 相棒が人を殺す!

しかしこの歌劇団にはこんなにわかりやすいエルネスティの怒りがわからないらしい。


「ああ!可哀想なエル!幼少期に暴発した魔力のせいであなたの両親は不幸にも……、その罪の意識から制限魔法を自らへかけるよう願ってしまった……、けれど気がついた時には声まで取られて魔女の人形になっていた……」

「いま助けてやるからな!ライゼン!」

「絶望を逆手にとってやることが狡猾だ……心底軽蔑するぞ、ダール」


いややはり私は彼女たちの演劇の練習にでも巻き込まれているのだろうか? だってキリュウが言うことが一から百まで、まるでわからない。

まず第一にエルネスティの両親は不幸にも……で途中を濁すのをやめてほしい。まるで死んでしまったかのように。普通に健康に生きている。私は二週間前にも彼ら夫妻に会ったし。


しかし、まるでキリュウの言葉が突拍子もない作り話かと言うとそうとも言い切れない。

確かにエルネスティは幼少期に一度、実家の領土で魔力を暴発させているのだから。


(それを、どうしてこの異世界人が知ってるのか……)


その謎が浮かぶ。

知っている者がいるのは確かだが、基本的にあの事件は秘匿にされていると言うのに。


「………貴方がどこで、エルネスティの過去を知ったのかはわからないけれど。一つ聞かせて。貴方はエルネスティの過去を知りながら、以前私に魔物を見逃せといったの?」

「魔物を見逃せ……? は?」

「グリフォンの子供よ」

「………ああ、そんなこともあったわね。けど、それは当たり前じゃない。あんな小さな、私たちを害すこともできない魔獣一匹、見逃してやればよかったのよ。あれを殺すと言うなんて、やはり貴方は血も涙もない魔女だわ」


キリュウはわざとらしく重い息をついて、首を振る。

血も涙もない、そうと言われればそうだろう。私は、この世の全ての魔物を憎んでいるのだから。


幼いエルネスティが魔力暴発を起こしたのは、彼らの領地にモノケロスの大群が押し寄せたからだ。

モノケロスはあの地域独特の魔物で、そして幾度となく領地はモノケロスによって荒らされ何人もの犠牲者が出ていた。前当主夫妻、エルネスティにしたら祖父母も、その内に含まれる。だからモノケロスを討伐した際に憎しみが余って、魔力を暴発させたのだ。

私も、エルネスティも魔物や魔獣の恐ろしさをわかっている。

たったひと吹きで村を焼き尽くす魔獣を知っている。食事目的や縄張り争いなんかではない、魔物にとってみたらただの遊びで殺された命を、私は知っている。言葉が通じず、共存なんてできない命。

大切なものが魔物や魔獣で殺される、そんな世界を生きていなかったキリュウにはわからないだろう。安全な、優しい世界にいたらしい彼女には。


「………やっぱり私、あなたとは相容れないわ」

「何それ、当たり前じゃない。貴方はしょぼい悪役で、私はヒロイン。相容れないわよ」


そう、彼女がクッと口角を上げて笑う。それこそ、貴方の方が悪役っぽい笑い方だけど、と呆れる間もなかった。


今度は四人一気に切り掛かってきたからだ。


近距離の剣、援護の射撃、それと援護魔法に中距離射程魔法。ああもう、一つ一つはそれほどなのに、全部一気に来ると分が悪い。結界魔法に潔く切り替えて自分を囲む。

エルネスティが私の腕を掴んだ。目が切実に制限魔法を解けといっている。しかし、しかしだ……こんな殺気だったエルネスティが魔法を放ったらどうなるかわからない。冗談じゃなく死人が出る。それをさせないために私がいるにも関わらず。

最後の手としてエルネスティ……いやそれは本当に無理……と思い直し、ならばこのまま持久戦しかないのかとうんざりする。


彼らが倒れるまで結界で保つか、あとは騒ぎに気づいた誰かが止めてくれるのを願った。

できれば、デリックあたりが駆けつけてくれるのが一番話が早そうだ、なんて現実逃避気味に思いながら。

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