第六話 そもそもの話



――一旦、ここで現状の話を置いておこう。


そもそもの……原点の話に立ち戻らせて欲しい。


エルネスティはその王子様のような外見から、学園内ではやたらと女性人気が高い。

実力もあり、国の貢献レベルも高い国内指折りの魔法使いだ。

それは間違いない。


しかし、私の制限魔法によって喋れないエルネスティはやたらと、ものすごく、……なぜか、神格化されすぎているのだ。

外見に騙されすぎている。


喋らないエルネスティは、私といる時は大体薄ら笑い。私がいない時は大体無表情である。

そのためか、更に勘違いが加速するようだが、私からしてみれば、エルネスティの笑みは愛想笑いか嘲笑がほとんどだ。

だからこそ、たまに本気の笑顔を向けられると心臓に悪いというのは、ここでは置いといて……、まあつまり。

エルネスティは学園の女生徒が恋浮かれる様な、一筋縄で行く様な男ではない。


あんなに攻撃魔法ばかりに特化し、殺傷力の高い魔法を時間短縮のためという動機のみでバンバン使うエルネスティが穏やかで温厚、素敵な貴公子……なわけがない。



私たちの出会い、過去の話もその証左だ。


エルネスティと私の出会いは九歳の頃。

何故かキリュウが「知っていた」、大きな魔力暴走を起こした日である。


その日、私たち家族はただの旅行でライゼン領のほとりを観光に訪れていた。本当に偶然の話だ。

その敷地内で突如大量のグールが発生した。


ライゼン領は広大な土地を持つ美しい土地ではあったが、いつかを境に、モノケロスの大量発生が数年に一度に起きている。そのために、たくさんの領民が死んでいた。

原因は不明。しかも昼夜問わず不規則に訪れるため、王国からの支援要請が間に合うことは少ない。

歴代のライゼン当主は、その因果をなんとか断ち切ろうと闘かってきたのだが、返り討ちに遭うことも多かったのだという。


故に、気が長くないエルネスティが実際のモノケロスと相対することで感情が昂ったのは、しょうがないことだったのかもしれない。


幼いながら魔力が多く、才能の塊だったエルネスティ。

積年の恨みと憎しみから殲滅後も暴走し、魔力暴発を起こして自我が保てなくなってしまった。


ライゼン夫婦は必死に抑えようとした。

けれど、暴走したエルネスティは止まらず、領地から飛び出してしまう。そして、今まさに魔法を放つというところで、私と対峙したのだった。


その時のことは、今でも良く覚えている。


頭から血を流し、瞳孔が開いたエルネスティは、その美貌も相まってすごい迫力で、ものすごく怖かった。

血走った目が私を捉え、獣がそのまま飛び込んでこようとしている。

目が合った時、一瞬この場にエルネスティと私しか存在しないかの様な錯覚を受けた。音は後から追いかけてきて、視界ばかりが嫌に鮮明だった。

ごくん、て息を呑んだのは多分同時。


エルネスティは止まれない。

私は、避けられない。


エルネスティと私は一対一、その場にいた誰もが助ける手が届かないと息を飲み込んだ時だ。


火事場の馬鹿力。

私は悲鳴をあけながら、迫り来る彼に魔法を放った。あの当時、一番自信を持って打てた魔法――制限魔法だ。


驚くことに。当時の稚拙な私の制限魔法はエルネスティにクリティカルヒットだった。

首にびしりとはまった制限魔法にエルネスティは苦しそうに呻き、それから膝をつく。

あまりのことに皆固まった後、いち早く正気に戻ったのはライゼン夫妻だった。

私は意味もわからず泣いていた。心臓が痛いほど早鐘を打っていた。


「お、おどろいた。お嬢さん、すごい腕だ……。息子は魔力量が多くよく暴走を起こしていたが、どんな質のいい制限魔法も効かず、我々も頭を抱えていたのに……」

「スフィア!だ、大丈夫か!?」


慌てて私の親も追いかけてきて、腰を抜かした私の背を撫でてくれる。ライゼン夫妻は呆然としながらも、私と両親に何度も詫びた。

私が無傷であることを知ると、涙が滲む目でよかったと言ってくれる。いい人たちだな、とバクバクする心臓を押さえながら思った。


「いやしかし……お嬢さんは本当にすごい……魔力の相性だろうか?ずっと息子についていて欲しいくらいだ……」

「え、いや……そんな立派なことじゃ……そもそも私が使ったの、一般的な獣へ向けた制限魔法ですし……」

「はぁ?」


そこで、エルネスティが初めて声を出した。

彼は血に塗れながらも私を睨み上げる。

先ほどと違い瞳孔は開いてはいないが、怖さはそのままだ。ヒって小さく悲鳴をあげる私に、エルネスティはフンと皮肉げに嘲笑した。


「お嬢様にはこの俺が手負いの獣に見えたってことか?ハッ……」

「バカ息子が!その通りだろうが!」


血みどろの我が子へ、エルネスティのお父さんは容赦なく拳骨を落とした。怪我を思いやるという姿勢がまるでない。

それも怖くて父の後ろに思わず隠れると、エルネスティがさもおかしそうに笑った。頭はどうやら痛くないらしい。頑丈すぎる。


エルネスティは立ち上がり、私の方へ来た。

しげしげと私を上から下まで眺めてから、すっと私の手を取る。それだけ見ると、王子様のようだった。血みどろだけど。


けれど彼は決して王子様ではない。手負の獣に近かった。

故に、私の指先へ口に寄せ――噛んだのだ。ガブリと。


「ヒッ!?」

「獣に首輪つけたなら、最後まで面倒見ろよ。ご主人様?」


ニタリと笑う顔は言葉とは反対に酷く反抗的なものだった。し、男の子とこんな触れ合いしたことなんてなかった私は混乱し、後ろに大きくのけぞってそのまま倒れる。

エルネスティはそんな私を大笑いして、エルネスティのお父さんに――今はもう、おじさんと言っているが――問答無用で張り倒された。


そんな色んな意味で忘れられない初対面となったライゼン一家との出会い。

散々謝罪され、感謝され、私たちはライゼン領を出た。


エルネスティを止めた魔法を私から聞いたおじさんは、これでもうエルネスティ暴走後も一安心だと胸をなで下ろした。

だが、おじさんや腕のいい魔法使いが同じように魔法をかけてもからきし駄目だったのだ。解けてしまう、というより魔法を解かれた側からしたら食いちぎられてしまう感覚に近いらしい。

おかげで魔法使いの間では、狂犬エルネスティと噂が広まってしまい、おじさんがいくら頭を下げてもエルネスティへ制限魔法を施す魔法使いはいなくなってしまった。


そんなわけで、おじさんは程なくして私の前にまた頭を下げて現れたわけだ。なぜか一人満足げに笑うエルネスティを連れて。

……そこから今まで、ずっと長い付き合いになる。



エルネスティと私は魔力の相性がいい。

だから名の知れた魔法使いでもできない制限魔法を私はエルネスティにかけられる。といっても、今でこそほぼ完璧にかけられるが、最初の頃は失敗もした。

生半可な魔法だとエルネスティに解除されてしまうのだ。

不思議なことに他の魔法使いが感じたらしい、食いちぎられるような感覚というのはなかった。だが、解除をするとエルネスティは物理的に私を噛んでくる。あの初対面の時のように。

エルネスティは甘噛みだと言い張るが、私からしてみれば結構痛いのだ。

あと、時折鼻とかを噛んできたりするから単純に近さにドギマギして心臓に悪い。

だから私は、いかにエルネスティに解かれない制限魔法をかけるかを常日頃から一生懸命考えている。


「そうやっていつも俺のことだけ考えてればいーんだよ」


そう言うエルネスティは意地悪な顔だけれど、上機嫌でもいてくれるので。


一度おじさんがエルネスティが不在のおりに、私の両親に深々と頭を下げながら、言われたことがある。


「スフィアちゃんを生贄のようにしてしまってすまない……しかしもうスフィアちゃんじゃないとうちのバカ息子がどうにもならないんだ……本当にすまない……」


いくらなんでもエルネスティを悪く言い過ぎでは? と思ったが、口を挟めるような感じではない。

父はエルネスティに対してフォローをしようと言葉を探したようだったが、うまいこと言えず閉口していた。私と同じであまり口が上手くないのだ。


「でも娘はエルネスティくんが大好きみたいで。無表情のスフィアが、エルネスティくんの前だとよく表情を変えますし……」


代わりに、とでもいうように母がたどたどしく言う。

私はいきなりの暴露になんと言ったらいいのか分からずに、ただ顔を赤くして俯いた。ちなみにエルネスティに恋していることも、よく表情を変えることも本当だけど、必ずしも笑顔なわけではない。エルネスティは意地悪なことばかりいうので。


しかしおばさんには十分衝撃だったらしい。驚いた後、何か気の毒なものを見る目を向けられた。


「スフィアちゃんはこんなにいい子なのに、男を見る目だけはないのねぇ……」


と、随分悲しそうに言った。

だから、エルネスティのことを悪様に言い過ぎでは?

おじさんもなんとも複雑な顔をしながら「世界平和とは絶妙なバランスで成り立ってるものなんだな」と遠い目をした。


ちなみに一人不在だったエルネスティは、その時何をしていたかと言うと。

……騎士団による取り締まりを受けていた。

街中で絡んできた不良崩れを煽りに煽ってから先に手を出させ、あとは正当防衛だといって相手の顔の形が変形するほど殴り返したらしい。ちなみに制限魔法はかけられていたので、素手での犯行だ。

そんなエルネスティは、帰ってきて、魔法だけではなく言葉を発せなくなる制限まで付与された。

お前の口は災いだとおじさんに断じられて、おばさんは私に一思いに魔法の封印と一緒にやってほしいと縋ってきたのだ。

当のエルネスティは、やはりあまり応えた様子はなかったが。

エルネスティはこうして、大抵の場において声を取り上げられた。十二歳の頃の話である。




エルネスティは私が制限魔法を掛ける時、意外にも嫌がったことはない。


彼の成長とともに魔力量は増え続け、本当に底なしなのでは?というくらいになっていた。だが、魔力暴走を起こさないような術はやろうと思えばできる、はずなのだ。はずとつくのは、彼がやろうともせず、私にやらせ続けているからだ。

しかしエルネスティは幼少期から一貫して、できないというし、私に首を晒しては制限魔法を掛けさせ続ける。

何度も彼本人に魔力制御を自分でも覚えた方がいいと言っている。しかし、彼は鼻で笑うだけだ。


「ふるふる真っ赤になりながら、俺に制限魔法をかけるご主人様を見るのが好きなんだ」

「………趣味悪い」

「忠犬だろ?自分から首輪をもらいに行ってんだから」


首輪をされてる間は従順でいてやるよ、とエルネスティは低く笑って言った。じゃあ、制限魔法をつけていない時は?と聞き返したかったが、何やら聞いたら最後、底なし沼に引きずられそうだっから、私は黙って制限魔法を掛け直す。

彼は、やはり笑っている。


首輪を嵌めているのは確かに私のはずだ。

なのに私の方が首輪を嵌められている気分になるのは、なぜなのだろう……。

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魔法使い飼いの魔女ー防御の魔女と攻撃の魔法使いー 田山 白 @tawama828

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