第5話 予想外のページ、ほどける空気
薫が漫画を閉じた、その直後だった。
智明が、ほんの少しだけ身じろぎをした。
こたつの中で、膝の位置を直すような、落ち着かない動き。
「……」
薫はそれに気づいたが、何も言わなかった。
代わりに、もう一度、漫画を手に取る。
「もう一度、最初から見てもいい?」
「うん」
恵はうなずいた。
薫は、ゆっくりとページを戻し、
今度は少し速いテンポで読み進めていった。
そして──
あるページで、ふと手が止まる。
「……あら?」
薫の視線が、同じコマに留まっている。
智明は、はっとして身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと待って」
「なに?」
薫は首をかしげる。
恵は、その様子を見て、
ほんのわずかに目が泳いだ。
そのページには、
智明がゆかりと並んで歩いている場面が描かれていた。
放課後の道。
少し距離を空けて、
でも、同じ方向を向いて歩いている。
どちらも、どこかぎこちない。
「これ……」
薫は、ページを覗き込みながら言った。
「智明?」
「……おかしい。違うでしょ」
即座に返ってきた否定。
「違う、って」
「事実と違うから」
智明は、少し早口だった。
恵は、こたつの上で頬杖をつく。
「漫画だから」
「だからって……」
「淡い恋模様。読者サービス」
「誰向けだよ」
智明の声が、少しだけ大きくなる。
薫は、二人を交互に見て、困ったように笑った。
「ふふ……」
「……なに」
智明が視線を向ける。
「いえ。なんだか、若いなと思って」
「……」
智明の耳が、少し赤くなる。
恵は、その様子を見て、
楽しそうでもなく、からかうでもなく、
ただ事実を述べるように言った。
「昔のことも描いたし、
今のことも、少しだけ」
「余計だ」
「大事な要素」
二人のやり取りは、軽く、
でも、ほんの少しだけ熱を帯びていた。
薫は、その空気を感じながら、
漫画をそっと閉じる。
「……いいじゃない」
「え?」
智明が、思わず聞き返す。
「誰かと、ちゃんと笑ってる姿が描かれてるのは」
その言葉に、智明は返事ができなかった。
恵も、何も言わない。
代わりに、こたつの中で足を動かし、
少し姿勢を正す。
張りつめていた空気が、
ふっと、ほどけた。
しばらくして、
恵が小さく息を吐いた。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
諦めてくれた。
「……ちょっと、びっくりしただけ」
「そっか」
それだけで、二人の会話は終わった。
薫は、その様子を見ながら思う。
――この子たちは、
私の知らないところで、
ちゃんと前に進んでいる。
支える側でも、
支えられる側でもなく。
それぞれが、それぞれの時間を生きている。
こたつの上には、
読み終えた漫画と、空になった湯飲み。
さっきまで張りつめていた空気は、
いつの間にか、正月らしい緩さに変わっていた。
「……そろそろ、片づける?」
薫が言うと、
智明と恵は同時にうなずいた。
誰も、さっきの漫画の話はしなかった。
でも、
その漫画に描かれていた思いは、
確かに、家族の中に残っていた。
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