第6話 夜、机の上の封筒

その夜は、特別なことは何もなかった。


正月番組を少しだけ見て、

それぞれ自分の部屋に引き上げた。


居間の電気が消えたあとも、

智明はしばらく自分の部屋で起きていた。


机の上には、

昼間に片づけられなかったものが、いくつか残っている。

教科書、ノート、

そして、進学関係の資料。


それらを、まとめて端に寄せた。


――来年は、どうなるんだろうな。


考えても答えは出ない。

ただ、不安だけが、少しだけ形を持ってそこにあった。


時計を見る。

そろそろ、寝ようかと思った、そのときだった。


廊下で、かすかな足音がした。


ドアが、静かにノックされる。


「……智明」


薫の声だった。


「起きてる?」


「うん」


ドアが少しだけ開き、

薫が顔をのぞかせた。


「邪魔じゃない?」


「大丈夫」


薫は部屋に入らず、

机の上に、そっと何かを置いた。


茶色の封筒だった。


「これ」


それだけ言って、

薫は、少し間を置く。


何か言いかけて、

やめたようにも見えた。


「……おやすみ」


「おやすみ」


それで、終わりだった。


ドアが閉まる音がして、

足音が遠ざかる。


智明は、しばらく動けなかった。


やがて、ゆっくりと封筒を手に取る。


中には、

大学の資料が数枚と、

折りたたまれた紙が一枚。


それを開く。


短い文字だった。


   あなたの未来を、

   お母さんは祝っています。


母の気持ちが書かれていた。


智明は、しばらくその紙を見つめていた。


胸の奥で、

何かが、静かに落ち着いていく。


返事は、いらなかった。


ありがとう、という言葉も、

今は、必要なかった。


封筒を閉じ、

それを机の引き出しにしまう。


大事なものの、一番上に。



翌朝。


台所から、包丁の音が聞こえてきた。


智明が顔を出すと、

薫が、いつも通りに立っている。


「おはよう」


「おはよう」


それだけのやり取り。


恵は、少し遅れて起きてきて、

眠そうにあくびをした。


「……今日、なにする?」


「特に、なにも」


薫が答える。


「そうね」


恵は、机の上に置かれた漫画の冊子を見て、

少しだけ、目を細めた。


昨日のお祝いの話は、誰もしなかった。


すぐに、母と娘の間で月刊誌12月号の取り合いが始まった。


智明は慌てて、月刊誌12月号を買いに本屋に走った。


        ー 完 ー

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祝い-元日のこたつ、ありがとうは心の中に 石橋 叩 @silver_hn

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