第7話 同じ手で、違う引き金を引く

 血の匂いが、まだ消えていなかった。


 倒れたテンシの残滓が、地面に黒い染みを残している。


 メグルは銃を消し、静かに息を整えた。

「……また、遅かったか」

 守れた。


 でも、救えなかったものもある。

 その時だった。

「――今の、いいな」

 背後。

 気配が、なかった。

 メグルは即座に距離を取る。


 振り返った先に立っていたのは、人間だった。

 武装はしていない。


 だが、立ち方が――戦う者のそれだ。

「誰だ」

「クグツ」

 男は、楽しそうに名乗った。


「人間。

 で、ダテン様の理解者」

 その言葉に、メグルの眉がわずかに動く。

「……敵か」

「さあ?」

 クグツは肩をすくめる。


「少なくとも、テンシじゃない

 グロウスでもない」

「じゃあ、何だ」

「ファン」

 クグツの目が、異様に輝く。

「さっきの撃ち方

 迷いがなくて、最高だった」

 ――危険だ。

 直感が、叫ぶ。


「テンシを殺すの、楽しいだろ?」

 メグルは答えない。


 その沈黙を、クグツは肯定と受け取った。

「わかるよ

 俺もそうだから」

 次の瞬間。

 クグツの姿が、掻き消えた。


 ――速い。

 衝撃。

 メグルは辛うじて受け流す。

 拳が、頬をかすめる。


「……能力か?」

「訓練」

 クグツは笑う。


「人間も、やればここまで来れる」

 メグルは銃を具現化する。

 光と闇が、空気を歪める。


「それ以上、近づくな」

「撃つ?」

「必要なら」

「いいねえ」

 クグツは、両手を広げた。


「でもさ」

 一歩、踏み込む。


「お前、守るために殺してるだろ」

 引き金に、指がかかる。

「俺は、違う」

 クグツの声が、低くなる。


「正しいから殺す」

 ――撃った。

 だが、当たらない。


 クグツは弾道を読んでいた。


「ほら」

 メグルの背後に回り込み、囁く。


「同じ力

 同じ年頃

 同じ“神殺し”」

「……違う」

「何が?」

 メグルは、銃口を下げない。


「俺は、楽しんでない」

 一瞬。

 クグツの笑みが、消えた。


「嘘だ」

 低い声。


「殺した瞬間

 お前、少しだけ楽になってる」

 図星だった。


 メグルの胸が、ざわつく。

「それは……」

「正義で包んでるだけだ」

 クグツは言う。


「俺は、それをやめただけ」

「ダテン様は正しい

 支配は、救いだ」

「人間は選ばせるから壊れる」

「だから――」

 クグツは、目を細めた。


「お前みたいなのが必要なんだ」

「……断る」

 即答。


「俺は、誰の思想にもならない」

 クグツは、しばらく黙っていた。

 やがて、ふっと笑う。


「いい」

「それでこそだ」

 距離を取る。

「今日のところは引く」

「次は?」

「次は」

 クグツは、指で自分の胸を叩く。


「お前が、楽しんで撃った時」

「俺が、迎えに来る」

 その瞬間、気配が消えた。

 完全に。


 メグルは、しばらく動けなかった。


 ――あれは、俺の可能性だ。

 選び方を間違えた未来。


 遅れて、フレアが駆け寄ってくる。


「メグル! 大丈夫ですか!?」

「ああ……」

 メグルは、答えながら、手を見た。


 引き金を引く手。


 同じ手で、

 違う理由を選び続けられるか。


 それが、この旅の核心だと――

 初めて、はっきり理解した。

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