第8話 クグツの“正しさの虐殺”
その街は、静かだった。
いや、正確には――静かであろうとしていた。
石畳は掃き清められ、教会の鐘は時間通りに鳴り、
人々は声を潜め、笑う時でさえ周囲を気にして口角だけを上げていた。
「良い街だ」
クグツは、そう評価した。
秩序がある。
規律がある。
罰が機能している。
そして何より――
“正しさ”が、はっきり定義されている街だった。
この街では、毎朝、掲示板が張り替えられる。
・神を侮辱する言動は禁止
・堕天ダテンに関する言及は禁止
・異端思想の密告を推奨
・違反者は裁判なしで拘束
人々はそれを読み、頷き、
「仕方ない」「街を守るため」と言い聞かせながら日常に戻る。
クグツはその様子を、屋根の上から眺めていた。
「……完璧だな」
皮肉ではなかった。
本心だった。
夜。
教会の地下で、公開裁きが行われていた。
罪状は単純だ。
「堕天ダテンは、元は人を救おうとした存在ではないか」
そう口にした男が、一人。
それだけで、**“危険思想”**と判断された。
男は震えながら弁明する。
「ち、違うんです、ただ……疑問を……」
司祭は淡々と告げる。
「疑問は、信仰を腐らせる」
群衆は黙っていた。
止める者はいない。
拍手もしないが、誰も否定しない。
クグツは、その空気を吸い込んで、確信した。
――ああ、ここだ。
処刑が始まる直前、
教会の扉が軋む音を立てて開いた。
黒い外套の男が、一人。
「誰だ!」
兵士が叫ぶ。
クグツは、ゆっくりとフードを外した。
「安心しろ。俺は神を否定しに来たわけじゃない」
ざわめき。
「むしろ――正しさを、肯定しに来た」
次の瞬間。
兵士の首が、見えない糸で引き裂かれた。
血が噴き、悲鳴が上がる。
「なっ……!」
クグツの能力が発動していた。
見えない糸。
人の“役割”を操り、切り捨てる力。
彼は歩きながら語る。
「お前たちは正しい。
異端を排除し、疑問を許さず、秩序を守っている」
司祭が叫ぶ。
「や、やめろ! 神の名の下に――」
「だからだ」
クグツは司祭を見る。
「正しい者だけが生きる世界を、完成させてやる」
逃げ惑う群衆。
クグツは、無差別に殺さない。
**“選別”**する。
・密告した者
・沈黙を選んだ者
・処刑を当然と受け入れた者
彼らだけを、糸で吊るし、裂き、床に落とした。
「なぜだ……!」
「俺たちは、正しかったのに……!」
その叫びに、クグツは答える。
「そうだ。正しかった」
一拍。
「だからこそ――生きる資格がなかった」
最後に残ったのは、
最初に処刑されかけていた男だけだった。
血の海の中で、男は泣き崩れる。
「た、助かった……?」
クグツは近づき、屈む。
「勘違いするな」
糸が、男の首に触れる。
「お前は“疑った”。
この街では、それは最も正しくない罪だ」
男の命が、静かに断たれた。
夜明け。
街は壊滅していた。
だが、不思議なことに――
建物はほとんど壊れていない。
壊れたのは、人間だけ。
クグツは瓦礫の上に立ち、空を見上げる。
「ダテン様」
独り言のように呟く。
「あなたの思想は、正しい」
口元が、わずかに歪む。
「だが、まだ甘い」
「俺が証明する。
正しさを突き詰めた先に、何が残るのかを」
その背中は、
神でも悪魔でもなく――
思想そのものだった。
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