あなたは『コーダ』を知っていますか?

星織サイ

コーダの私と父の日常

 私はコーダ(CODA)だ。

 耳のきこえない父を持つただの高校生だ。

 それも、手話が全くできないポンコツである。


 コーダとは、耳がきこえにくい、またはきこえない親を持つ子どものこと指す。

 そう私に教えてくれたのは他でもない父だった。


 あれは確か中学生の頃だったか──。

 ある日、小腹が空きリビングに向かうと家族が映画を鑑賞していた。

 その映画の名前は『Coda コーダ あいのうた』。

 耳のきこえない両親と兄を持つ少女が主人公の洋画である。


 私はこの映画を知るまではコーダという言葉は知らなかった。

 そして、耳のきこえない両親を持つ子どもを指す言葉が存在するのかと、中学生ながらにかなり衝撃的だったことを記憶している。


 映画の主人公である少女は耳のきこえない両親と兄のために手話で通訳を行っていた。

 彼女ほどではないが、私も通訳に関しては幼い頃から経験はある。

 父とふたりで出かけたときも、お店で注文をするときも通訳を行っていた。

 手話は弟ほどはできなくても、日常的に会話を交わす程度ならばできていると自負していた。

 

 しかしだ。

 そこで私はとある重大な事実を知った──。


ほしおりの手話って創作手話だよねー」



 …………ゑ゙?

 創作手話?

 どゆこと……?


 私が今まで手話だと思っていたもの。

 それは、私と父により創造された創作手話だったのだ!


 青天の霹靂だった。


 私が今までドラえもんだと思っていた手話ものはドラえもんではなかった。

 私が電車だと思っていた手話ものは電車ではなかった。


 え?

 それじゃあ、今まで私は手話ではない謎の言語を使って話していたの?


 ……そうなんです。

 私、星織ほしおりサイ。コーダの高校生にして全く手話が出来ないんです。


 私の弟は手話が出来る。

 いや、彼は手話が出来るというより……ものすごく上手だ。

 そして日々、上手な手話から完璧な手話へと進化を遂げている。


 幼い頃から手話はいつか出来るようになるだろうと学ぶことをサボっていた私と、幼い頃から熱心に手話ニュースを観て勉強していた弟。

 差が出るのは当たり前のこと。

 弟にバカにされるのも必然的なこと……。


 そんな私はお恥ずかしながら指文字でさえも危うい。


 私は父が読唇術どくしんじゅつを使えることに甘えていた。

 読唇術とは口の動きで相手が何を伝えたいのかを読み取ることである。


 父の時代はろう者と健聴者に差異が生じないように読唇術と口話こうわを学ぶことが必須だったらしい。

 現在では考えられないことだと言っていた。

 だから父は発声がかなり上手いし、ものすごく速く話さなければ言葉を読み取ってくれる。


 書いていて思ったのだが、父、凄くないか……?

 

 たまに父が本当は耳がきこえているのではないのか、と思うことがある。

 母や弟と父について会話していると急にこちらを向くのだ。

 タイミング良く、父について話しているときに限ってだ。

 だから本当にきこえないのか骨伝導のイヤホンを貸して音楽を流してみたのだが、やはりきこえないらしい。

 笑いながらイヤホンを返された。


 父は耳がきこえない。 

 しかし、完全にきこえない訳ではない。

 父が言うには飛行機のジェット音をものすごく間近で聴いたら聞こえるそうだ。


 だから日常的に補聴器を着けている──と言いたいところだが、それは違う。

 父は外出や車の運転以外では補聴器を着けない。

 (※法律で定められている場ではちゃんと着けています。)


 父があまり補聴器を着けない理由。

 それは『音がうるさいから』だった。


 補聴器を着けても言葉がきこえるようになるわけではない。

 父が言うには、言葉を含むすべての音が雑音として耳に入ってくるそう。

 喩えるならば、四六時中耳鳴りがしているような感覚だろうか。


 私も父の補聴器が暴走していることを見ることが多々あった。

 補聴器がキィーーーンと高音を立て悲鳴を上げるのだ。

 だが、父にはその音がきこえない。

 だからそのときは父の肩を叩いて「補聴器鳴ってる!」と全身全霊で伝えていた。


 完全なる私の予想になってしまうが、補聴器を着けていると、機器から発せられるキィーーーンという音が四六時中聞こえているのだろう。


 ……それって、かなり、いや、物凄くしんどいことじゃあないか?


 いつか、装着したら言葉も音も雑音ではなく私たちが感じている通りにきこえる、そんな補聴器が発明されたら。

 私は跳んで喜ぶだろう。

 そして父に献上するだろう。


 父は耳がきこえないことに不自由を感じたことはないし、きこえない方が楽だよ、と言う。

 ろうの世界では(父の交友関係だけかもしれないが)いい意味でどストレートに物事を伝える。

 オブラートに包むことはないし、逆になんで思ってることを言わないの? と質問された。


 そう思えば、なんでだろう……。

 と考えるキッカケになった言葉だった。


 父は耳がきこえないからこそ見える世界を話してくれる。

 その言葉や視点はとても新鮮であり、会話をしていて学びになることが多い。


 だから私は手話が全く出来ないポンコツだけれども、父と会話をすることが大好きだ。

 覚えている限りの手話を使って片言カタコトでも話す。

 間違っていても、話す。

 だからよく、『何言ってるんだ、コイツ…』という顔をされるけれど。


 昔は父と間違った手話で話すことに抵抗があったのだが、今はあまりない。

 否。抵抗をしている暇がないのだ。


 母に言われた「父がボケたらどうやって会話するねん」という言葉にやばいぞ…という焦りを感じ、今は一から手話を学んでいる。


 父に指文字から覚えれば?

 と言われたので指文字を必死に勉強していたら、なんでそんな面倒くさいことしてるの、手話覚えなよ。と父に言われたことは一生忘れまい……。

 (父よ、貴方が私に指文字から覚えなさいと言ったのだよ……。)



 ポンコツ高校生の私は来年からはポンコツ大学生になる。

 大学生までにある程度通じる手話を話せるように日々、精進していこう。


 これが、コーダの私と自由気ままな父の日常である。

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