第6話 悪者退治だ
グランド・トロールが、こちらを振り返った。
岩殻に覆われた巨体が、地鳴りのような軋みを上げる。
関節が動くたび、内部に詰まった魔力が脈動するのが分かる。
濁った双眸が、迷いなく俺を捉えた。
「ゴゥルァァァァ……ッ!!」
次の瞬間、床が揺れ動いた。
踏み込み。
質量を無視した加速。
あの体躯から放たれたとは思えない速度に、背筋が凍る。
「――っ!」
考えるより先に、身体が動いた。
冴斬を握ったまま、半身で横へ跳ぶ。
直後、拳が地面を叩き割った。
爆ぜた石片が宙を舞い、衝撃波が俺の全身を伝う。
「さぁ、冴斬を使いこなしてみせよ!!」
楽しげな彩芽の声が聞こえる。
「分かってら!!」
というか使いこなせないと、
確実に死ぬ――。
俺は地を踏み込む。
そして最短距離で刃を走らせた。
――カンッ。
乾いた金属音。
嫌な感触だった。
確かに当たっている。
だが刃は岩殻の表面を削っただけで、内部に届いていない。
手応えが軽すぎる。
「……っ、くそ」
次の瞬間、反撃。
「――グォオオッ!!」
振り抜かれた腕が、俺の視界を埋め尽くす。
避ける判断が、ほんの一拍遅れた。
かすめただけで身体が宙に浮く。
背中から地に叩きつけられ、肺から空気が押し出された。
「カハ……ッ!」
一瞬、呼吸ができない。
だが休んでいる暇はない。
俺は急いで立ち上がり、冴斬を振った。
全力の振り下ろし。
しかし弾かれる。
関節を狙った袈裟斬り。
それも通らない。
刃は正確だ。
角度も踏み込みも間違っていない。
固有スキル〈剣技最適化〉も発動されている。
それでも結果は変わらない。
火力が足りない。
決定打が存在しない。
これが自分の限界だと、
改めて思い出した。
俺は一旦距離を取り、息を整える。
心拍数だけがやけに大きく耳に響く。
視界の端で、彩芽がこちらを見ていた。
助ける気配はない。
声もない。
――分かっている。
これは試しだ。
俺が何を選び、どう戦うのかを。
俺は冴斬を見下ろす。
美しい刀身。
重心、握り、振り抜き――どれもとっても理想的。
長年剣士をやってきたが、これほどいい刀はそう無い。
間違いなくいい刀といえよう。
……なのに、斬れない。
理由は、もう分かっていた。
「……違う」
悪いのはこの刀じゃない。
使い手である俺自身だ。
思い出す。
今までの戦い方。
パーティでは常に前に立ち、受け、流れを作る役目。
敵の注意を引き、隙を作るための剣。
決めるのは、後ろ。
いつもそうだった。
それが俺の剣に、俺のスキルに――
俺の体に、染み付いてしまっている。
もうこの振りじゃ、強敵を倒せない。
いつも身を守ってくれていたはずの剣技最適化。
それが今だけは、強くなるための足枷になっていた。
そういうことだろう。
冴斬はきっと応えてくれている。
俺の動きに、判断に、忠実に。
だが俺が――その期待に、応えられていない。
グランド・トロールが吼え、再び距離を詰めてくる。
逃げ場はない。
俺の剣も通用しない。
一度もろに食らえば致命傷。
だけど、それでも――
俺は冴斬を、強く握り直した。
「……勝ちたい」
心の底から溢れ出た言葉だった。
その瞬間、刃の感触が変わった。
冴斬は紫の気配を纏い、そこから生まれた波動が迫る巨体を吹き飛ばす。
そして刀身の輪郭が曖昧になり、ゆっくりと崩れていく。
「……え?」
冴斬が消えた。
いや、俺の体に溶け込んだといった方が正しいか。
胸の奥へ何かが流れ込んでくる。
刃の重さ。
振り抜く感覚。
間合い。
それらすべてが、俺の内側に滲み込んでいく。
「……そうか」
失ったんじゃない。
俺とひとつになったんだ。
『この刀は、主を選ぶ』
つまり冴斬は俺を選んだ。
そして今、俺の中にいる。
そういうことだろうか?
俺は無意識に手を伸ばしていた。
何かを――呼び出すかのように。
次の瞬間、光が収束し始める。
俺の掌の中で、形を持とうとする何か。
熱でもなく、冷たさでもない。
それは「重さ」だった。
確かな質量が、空気を押しのけて現れる。
次の瞬間。
それは完全な形を取った。
「……木刀?」
思わず、そう呟いていた。
冴斬があったはずの場所にあるのは、見慣れた一本の木刀。
刃はない。
どう見ても鍛錬用の代物だ。
「……嘘だろ?」
さっきまであれほどの存在感を放っていた刀が、最終的にこれかよ。
だが――
握った瞬間、考えは変わった。
軽い。
だが、頼りない軽さじゃない。
重心が、異様なほどに合っている。
握りの太さ、長さ、角度。
すべてが俺の手に最適化されている。
まるで、最初から俺のためだけに削り出されたような感覚。
そしてそこから脈々と流れ出る莫大な魔力。
冴斬が自分の意思で、俺に魔力を与えてくれている。
こんな武器、どんなS級探索者でも……いや、それどころか探索者協会すらも知らないんじゃ――
「……それが今のお主だ」
彩芽が息を吐くように語る。
「この刀、妖刀【冴斬】は人の純粋で、堅実に望む強さに惹かれる刀なのだ。そして持ち主を映す鏡。その者の実力に見合った刀へと、自由に成り変わる」
グランド・トロールが唸りを上げながら立ち上がる。
先ほどまでと変わらない、圧倒的な存在感。
「……妖刀」
禍々しい量の魔力に、意思を持つ刀。
実にぴったりな通称だ。
そして、
「これが今の俺の実力」
自然と笑みが溢れ出る。
「上等だ。やってやるよ」
不思議と恐怖は薄れていた。
木刀片手に勝てる相手だとは思わない。
だが戦える気がしていた。
それだけで、十分だった。
トロールが再び踏み込む。
拳が唸りを上げて迫る。
俺は、迎え撃った。
振りかぶらない。
溜めない。
最短距離で、正面から木刀を叩き込む。
――ゴンッ。
鈍い音。
だが、衝撃は確かに伝わった。
その見えない威力は、奴の背中を突き抜ける。
「ヴォァアア……ッ!」
今までにない手応え。
俺はそのまま、間合いの内側へ潜り込む。
叩いて、
叩いて、
叩き続ける。
グランドトロールの装甲が欠けていく。
刃がないからか、今は剣技最適化も発動していない。
削る。
叩く。
積み重ねる。
どの一撃も正真正銘、俺の剣。
これはスキルで最適化された今までの俺なんかじゃなく、
強くなりたいと願う、これからの三枝恒一(さえぐさこういち)の剣だ。
グランド・トロールが吼える。
苛立ちが動きに現れる。
大振り。
雑な踏み込み。
――見えた。
削れていく装甲の中にある、岩殻のわずかな継ぎ目。
俺は、踏み込んだ。
全力で。
だが、力任せじゃない。
今まで積み重ねてきた全ての経験。
それを一点に集約する。
「――っ!」
木刀が、継ぎ目を正確に打ち抜いた。
――ズンッ。
鈍く、重い感触。
次の瞬間、魔力の流れが乱れる。
岩殻に亀裂が走り、グランド・トロールの動きが止まった。
俺は逃さない。
追撃。
同じ場所へ、もう一撃。
――バキン。
岩殻が砕ける。
内部に溜まっていた魔力が暴走し、
巨体が、ゆっくりと崩れ落ちた。
地響き。
そして、静寂。
グランド・トロールは、完全に沈黙した。
俺は、その場に立ち尽くしていた。
木刀を握ったまま、荒い息を吐く。
「……倒した」
実感は、少し遅れてやってきた。
C級探索者の俺が。
一人で。
十七階層のモンスターを。
「……ほう」
背後から、彩芽の声。
振り返ると、彼女は腕を組み、満足そうに頷いていた。
「悪くない。いや……上出来だ」
彼女がそう言った瞬間、木刀が再び俺の中へ吸収されていく。
「お主、木刀だからと気に病まなくていいぞ」
「……え?」
彩芽は淡々と語る。
「それは決して弱さの象徴などではない。今のお主にとって、最も扱える最強の形がそれだったというだけだ」
確かに。
さっきまでの冴斬よりも、よほど俺の動きに応えていた。
剣技最適化の無効化が今の俺にとって最強なのだとしたら、冴斬が『木刀』という形を選んだというのにも納得がいく。
いや、実際強かった。
『守る剣』を捨て『殺す剣』を選んだ瞬間、自分でも別人だと思うほどに立ち回れた。
もしこれからさらに経験を積んで、今の『殺す剣』を最適化できた時――
俺は探索者として最強になれるんじゃないか?
そう自惚れるほど、今の自分に自信を持つことができている。
ふと彩芽に視線を移す。
すると、さっきまでの得意げな表情は消えていた。
眉がわずかに動き、険しい顔に。
視線が、遠くを捉える。
「……どうした?」
俺が問うと、彼女は静かに言った。
「気配がする」
「モンスターか?」
「いや……」
彩芽は、ゆっくりと首を振った。
そして、口元を歪める。
「――人、だな」
嫌な予感が、背筋を這った。
「悪い探索者どもが、獲物を見つけたようだな」
彩芽は俺を見る。
「行くぞ」
「……どこへ?」
問いかける俺に、彼女は一言だけ答えた。
「悪者退治だ」
その瞳は先ほどと違って鋭く冷たい。
だが口元だけは、ここ一番の笑みを見せていた。
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