第4話 一本の刀


 現在地。

 今も変わらず堺城ダンジョンタワー、一階層。


 俺は石造りの通路をひたすらにまっすぐ歩く。


 いつもと変わらない景色に一つの違和感。


 もちろん目の前の亡霊と言われる女性だ。


 彼女は口を開くことなく、前を歩き続ける。


 普通女性と二人で歩くなら、一つ二つ話題があった方がいいんだろうが、今はそんな場面じゃない。


 正直ただ不気味なだけ。

 気まずいとかじゃなくて、普通に不可解。


 覚悟を持って付いてきた側が思うことではないが、この後何が起こるかとても不安だ。


「……ところで」


 沈黙を破ったのは、女のほうだった。


 歩きながら首だけこちらへ振り返る。


「先ほど、宙を舞っておった鉄の塊は、何だ?」


「……鉄の塊?」


「あぁ。お主に付かず離れずだった、小さな妖精のようなものだ」


 妖精?

 いや、そんなものはなかったが……と思った時、一つだけ候補が思い浮かんだ


 多分あれだ。

 ドローン一体型スマホ。

 さっき撮影に使っていたもの。


「もしかして、知らないのか?」


「……知らぬから聞いておるのだ」


 女は不機嫌な表情で、今度は全身をこちらに向ける。


 この和装。

 この言動。


 どう考えても現代人じゃない。

 ふざけて言ってる感じでも無さそうだし。


「……ダンジョン配信っていうんだよ」


「だんじょん……はいしん?」


 女は、首を傾げた。


 分からない、という仕草がやけに自然だ。


「さっきの探索の様子を映像で撮って外にいる人たちに共有する仕組みだよ」


「映像……?」


「見たままを記録して、遠くにいる相手に見せることができる」


 言いながら俺は改めて彼女を見る。


 まるで大昔の人みたいだな。

 いや、実際そうなのかもしれないが。


 俺はスマホを取り出し画面を操作した。


「これだ」


 直接見た方がわかるだろうと、録画データを呼び出す。


 それは、少し前俺と彼女が対峙していた場面。


 激しい刀のやり取りを行った一瞬。

 視聴者の白熱したコメントが流れた時だった。


 女の侍は目を釘付けにし、画面を覗き込む。


 そして明らかな驚きを隠せずにいた。


「……これが、えいぞう?」


「そうだ」


「魔法か?」


「違う。……いや、仕組みはよく分からないが」


 正直なところ俺も技術の詳細までは知らない。


 多分電波によって情報とか電波をやり取りしているという感じ。

 いつも当たり前に使っているものの説明がこんなに難しいとは思いもしなかった。


 女は、しばらく無言で画面を見つめている。

 まるで封じられた過去を覗き込むような表情。


「……不思議な世だな」


 ぽつりと、そう言った。


「人の目で見たものを、こうして他者に共有できるとは」


「便利だぞ」


 俺は肩をすくめる。


「今じゃ、その他者様に見せるために戦うってのが主流なんだ」


「ほう」


 女の声にわずかな含みがあった。


「剣を振る理由が、生き残るためだけではないと?」


「……まぁ、そういう感じだ」

 

 否定はしない。

 肯定もしない。


 地位のため、

 金のため、

 人気のため、

 平和のため、


 今は戦う理由が山ほどあるだけだ。


 女は少しだけ考え込むように黙り、


「……そうか」


 そう一言呟いて、再び歩みを進めた。



 しばらくして、女が足を止める。


「着いたぞ」


「……?」


 俺は足を止め、周囲を見渡す。


 そこは何の変哲もない通路の一角だった。


 行き止まりでもない。

 扉もない。

 装飾すらない。


「ここが?」


「そうだ」


 女は、壁に視線を向ける。


 ただの石壁。

 少し風化しているが、

 他と変わらない。


「……こんなところに、何があるんだ?」


 女は答えず、代わりに俺の剣を見る。


「お主」


「ん?」


「その剣を、壁に突き立てよ」


「……え?」


 思わず聞き返した。


 だが女の表情は冗談を言っているようには見えない。


「こうか?」


 半信半疑で俺は剣先を壁に向ける。


 力は込めない。

 ただ、触れさせるように。


 ――カツン。


 金属と石が触れ合う、

 乾いた音。


「……で?」


「待て」


「……待つ?」


「うむ」


 そう言って、女もまた自身の刀を壁に向けた。


 剣と刀。

 二本の刃が同じ壁に突き立てられる。


 何も起きない。


 ただ数秒が過ぎる。


 ……何だこれ。


 妙な沈黙。


 もし配信を続けていたら完全に事故。


 視聴者から見れば、今日の俺は通路で独り言を話しながら歩き、突然剣を壁に突き立てて静かに佇むイカれたおじさん。

 危うくそうなるところだった。


 ――やっぱり、止めといて正解だったな。


 そう思った瞬間。


 剣先がぬるりと沈んだ。


「……え?」


 抵抗がない。


 まるで壁のほうが溶けたみたいに。


 剣先がぬるりと沈んだ。


 壁だったはずの場所が水面のように揺らぎ、

 俺の身体が、その中へ引き込まれる。


「うわ――!」


 一瞬にして、壁に全身が飲み込まれた。

 

 そして――


 気づけば俺は広い空間に立っていた。


「……なんだ、ここ」


 天井は高く壁も床も同じ石造り。


 だが一階層の通路とは明らかに違う。

 音が吸われるように静かで空間そのものが閉じているような感じ。


 しかしこんな場所がダンジョンの一階層にあるなんて。

 しかも入り方も、かなり特殊だったし。


「あれだ、あれをお主に見せたくてな」


 女がある方面へ指を差す。

 それはこの空間の中心。


 そこにあったのは、一本の刀。

 床に突き立てられている。


 台座もない。

 飾りもない。

 ただそれはそこに在った。


 なんの変哲もない一本の刀。

 女が使っていた刀のように紫のオーラを纏っているわけでもない。

 魔力を感じるわけでもない。


 なのになぜだろう。

 見ているだけで皮膚の内側がざわつく。


 突き立てたれた剣でいうと、ファンタジーでいう勇者の剣などが頭に浮かぶ。

 だが俺はその考えを振り切った。


 これは希望の象徴じゃない。

 どちらかといえば魔王が手にする類の武器。

 そんなおぞましい何かを俺の本能が感じ取っている。


「……あれは?」


 女が俺の隣に立つ。


「刀じゃ」


 それ以上でも、以下でもない声音。


「詳しいことは、今はよい。ただ一つだけ、覚えておけ」


 そう前置きしてから女は続けた。

 

「この刀は、主を選ぶ」


 胸の奥が静かにざわついた。


「今まで多くの者が手を伸ばした。だが誰一人として、主にはなれなかった」


 女は俺を見る。

 試すようでも煽るようでもない。


「……お主なら扱えるやもしれぬ。その片鱗を、先の戦いで感じた」


 断定じゃない。

 保証でもない。


 ただの可能性。


 女は、刀へ視線を戻し静かに言った。


「抜いてみよ」


 女の声に俺は黙って刀を見る。


「俺の剣に、その片鱗が……?」


 俺は一歩、前に出た。


 奇妙な出来事だってわかってる。

 あの刀がただの刀じゃないことだって。


 だけど、それでも――


 俺の心は久しぶりにざわめきを見せている。

 こんなのは、探索者になりたての頃以来かもしれないな。


 そして気づけば、俺はゆっくりとそれに手を伸ばしていた。


 

 

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