第3話 わっちは、そんな剣士を探していた
刀が抜かれた瞬間、空気がわずかに歪んだ。
女の侍が握る刀の輪郭に、紫色の何かが滲むようにまとわりついている。
単純な発光とか、何かしらの属性魔法を纏ったとかそんなレベルじゃない。
――あれはヤバい。
そう直感が遅れて悲鳴を上げる。
だから身体が反射的に動いていた。
俺は剣を正眼に構え、半歩だけ距離を取る。
踏み込み過ぎない。
下がり過ぎない。
逃げ場を残しながらそれでも正面から向き合う。
これが最適解だと俺の本能が体で語った結果。
今までの戦闘経験が生み出した予備動作だ。
一方女の侍は、
その様子を、余裕の笑みで眺めていた。
嘲りでもない。
楽しんでいるわけでもない。
ただこちらを値踏みするような静かな笑み。
「……」
嫌な汗が、背中を伝う。
この距離で、
この気配で、
この落ち着き。
一階層にいる存在じゃない。
いや、ダンジョンにいる存在ですらない気がする。
イヤホン越しに、コメントが流れ込んでくる。
”なんか今、刀光ってなかった?”
”エフェクト?”
”加工とか?”
”いやリアルタイムでどうやって加工すんだw”
画面越しでは分からない――この距離にいる俺だからこそはっきりと感じられる女の空気感。
あれは幾度となく生物を殺めてきたそれに近い。
探索者の最前線、Sランクの彼らと同種のヤバさがヒシヒシと伝わってくる。
そして次の瞬間。
女の侍が、踏み込んだ。
速い――!
と、思う前に刃同士が重なった。
重い振りから繰り出される鈍い衝撃。
握る手が痺れるなんて、いつぶりだろうか。
鍔迫る中、眼前まで寄った彼女の表情は、今の尚笑いを見せていた。
そして女は二撃目へ移行。
刀を一瞬で引き再び斬り込む最中、剣筋を突如蛇のようにうねらせ、確実に懐を狙ってきた。
「……っ!?」
咄嗟に剣を合わせ刀を弾いてみせる。
三撃目。
弾かれた流れのままスムーズに移した水平斬り。
ここにきて丁寧な剣技。
俺は垂直に剣を構え、受けを取る。
が、しかし――
再び彼女の太刀筋がうねった。
まるで刀に意思があるかのように、俺の剣を避けようとしている。
「……なっ!?」
迫りくる刀に対し、俺は自身の剣をあてがうことだけに徹した。
キンッ――
刃が重なる。
その隙に、俺は一旦後退し距離を取った。
防御のみに意識していたからこそギリギリで対応できただけ。
仮に攻撃へ移行していたら今頃、ザックリ傷口から赤い液体が飛び散っていただろう。
”うおおおお、熱い戦い!”
”人と人の戦闘、ヒリヒリします”
”元アケボノの前衛VS一階層の亡霊”
”あの女侍の動きヤバくない?”
”よく受け止められたな、三枝氏”
”そりゃ伊達に中年やってねぇからなこの人は”
イヤホン越しのコメントなんて全く聞いている余裕ないが、一つだけ耳に残るものがあった。
”亡霊さん、明らかに探索者の太刀筋じゃなくて草”
その通りだと思った。
あんな剣の振り方を探索者はしない。
なぜなら対モンスター戦において、戦いの駆け引きなど必要ないからだ。
剣士探索者にとって大切なのは、圧倒的な威力と剣速。
つまり、如何に強い一撃をたたき込めるかである。
にも関わらずさっきの一撃は、
間違いなく人を斬る技術だった。
「――――――」
またも何を言っているか分からない。
だが女の口元は、明らかに笑っている。
そして構える素振りなど一切見せず、トップスピードで駆けてきた。
走り方も刀さばきも不規則。
肩も、腰も、視線も、どこにも「次の動き」が見えない。
型破り。
完全に、型の外。
何も考えてないように見えるのに、無駄な動きが一切ない。
「っ……!」
だが俺は負けじと剣を振らない。
刃を合わせる。
角度だけを調整する。
〈剣技最適化〉
俺の持つ固有スキル。
これは才能ではなく、剣を振り続けてきた人間が最後に辿り着く無駄のない剣だ。
今まで俺が片手剣を振ってきた「癖や判断」を記憶し、いつでも最適解に寄せてくれるスキル。
つまり、戦いにムラがなくなるということ。
キィン――
乾いた音が何度も鳴る。
腕が痺れる。
呼吸が乱れる。
だがそれでも俺が剣を的確に振り続けられるのは、この固有スキルのおかげだ。
「……ほう」
すると、女は低く呟いた。
ようやく聞こえた女の声。
その声からはわずかながらに驚きのような感情が感じられた。
そしてゆっくりと刀を下ろした。
紫の歪みが、ふっと薄れる。
その後もう一度、俺を見た。
「繊細だな」
低く、落ち着いた声。
「余計な力を使わぬ。刃を、振り回さぬ」
俺は何も言えない。
ただ剣を構えたまま、呼吸を整える。
「時間をかけ、洗練してきた形だ。それでも……」
一拍、静かな間が空く。
「まだ、強くなろうとしているな」
その言葉に、胸の奥がわずかに揺れる。
まるで心の内を覗き見られたかのような気分になった。
「わっちは、そんな剣士を探していた」
その古き良きみたいな言葉遣いや静かに語られた彼女の目的も気になるが、それよりもっと気になるコメントが俺の耳に届いた。
”え?”
”ちょっと待って”
”突然女が消えたんだけど?”
不可解なコメントがいくつか流れてくる。
「……何を言っているんだ? 女なら今、俺のちょうど目の前に――」
俺の困惑を見透かしたように口を開く。
「いや――」
その声は俺にとってはどう考えても実物で、どんなコメントよりもハッキリと俺の耳に届いた。
「今はもう……お主にしか、視えておらぬ」
自分自身の否定するような言葉。
だが本人は、そんなつもり毛頭ないと言わんばかりの真っ直ぐな瞳で俺を射抜く。
逃げろ、という直感はない。
斬られる予感も、
殺される気配も――もう、ない。
ただ、今目の前に起きている自称を、俺はまだ完全に理解できていないし飲み込めてもない。
「……少し」
すると女が口を開く。
「来てもらいたいところがある」
短い言葉。
「……良いか?」
それは命令でも強制でもない。
ただの提案だった。
俺は、剣を強く握り直す。
「……分かった」
正直に言えばついていくメリットはない。
むしろ危険。
ダンジョンで出会った見ず知らずの相手、それどころか俺の命を狙ってきたやつだ。
そんな人からの提案を呑むなんて、まともな判断じゃないと思う。
だがさっき、女は言っていた。
『そんな剣士を探していた』と。
つまり俺ではなく、俺の剣技、もしくは戦闘技術に用があるのだ。
少なくとも単純に殺されたりするわけじゃなく、戦力目当ての提案だと俺は思う。
女はわずかに口元を緩め、
「では、参ろうか」
ダンジョンの奥へと足を進ませていった。
それと、ここからは直感だが――
これをキッカケに何かが変わる気がする。
俺の中の何か。
それは今の中途半端な生活なのか、
自分自身なのか、
はたまた俺の人生そのものなのか、
今の時点では分からない。
だが少なくとも――
今までと同じ場所にはもう戻れない。
そんな予感だけが、やけに現実味を帯びていた。
”三枝氏、大丈夫?”
”てか一人で喋ってて怖かったw”
”もしかして亡霊に取り憑かれてる?”
”え、怖すぎるんだか笑”
勝手に盛り上がっている配信をこのままにしておくわけにもいかないので、俺は一旦配信を停止したのち、女侍の後を追ったのだった。
とりあえず視聴者には後日説明をしよう。
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