第7話

『新入生歓迎・模擬戦大会』当日。

雲ひとつない快晴。絶好の決闘日和である。


王立学園の巨大な闘技場(コロシアム)は、全校生徒と視察の貴族たちで埋め尽くされていた。

歓声が地響きのように轟いている。


「さあ、いよいよメインイベントだ! 新入生首席、ルクス・フォン・レイディアント対、二年次首席、『氷の戦乙女』シルヴィア・フローズン!」


実況の声が響き渡る。

会場のボルテージは最高潮だ。


だが、当の俺は――。


「(……帰りたい。お腹痛い。吐きそう)」


闘技場の選手入場ゲートの陰、瓦礫の隙間にうずくまり、ガタガタと震えていた。

もちろん、姿は**【光学迷彩(インビジブル)】**で完全に消している。


俺はここにいる。

だが、闘技場の中央に立っている「俺」もいる。


そう、昨夜完成させた**【幻影(ホログラム)】**だ。


「(よし、投影状態は良好。ノイズなし。発光量もいつも通り『無駄に眩しい』レベルに設定済み……)」


遠隔操作で幻影を確認する。

闘技場のド真ん中で、俺の分身は腕を組み、仁王立ちしている。

微動だにしないその姿は、周囲には「敵を待ち受ける王者の風格」に見えているはずだ。


対する相手、シルヴィア・フローズンが現れた。

長い銀髪をなびかせ、氷のように冷徹な瞳をした美女だ。

手には白銀の杖。全身から冷気が漂い、周囲の地面が凍りついている。


「(うわぁ、強そう……絶対痛いよアレ。氷柱とか刺さったら死ぬよ)」


俺は瓦礫の陰でさらに小さくなった。

作戦はこうだ。

俺(本体)はここで隠れてやり過ごす。

幻影がやられたら、「ふっ、今日はこれくらいにしておいてやる」と捨て台詞(腹話術)を吐いて、幻影を消す(撤退演出)。

そうすれば、「勝負はつかなかったが、実力差は歴然」みたいな雰囲気で負け扱いにしてもらえるだろう。


「両者、構え!」


審判の声が響く。

シルヴィアが杖を構えた。

幻影の俺は、棒立ちのままだ。


「……構えないの?」


シルヴィアが不審そうに眉をひそめた。


「新入生如きが、私相手にハンデのつもり? それとも、構える価値もないと?」


彼女の声には怒気が混じっている。

やばい、怒らせた。


俺は慌てて、幻影に何か喋らせようと【音声伝達(スピーカー)】の魔法を起動した。

「い、いや、そんなつもりじゃ……」と言おうとして、喉が恐怖で引きつり、


「…………」


無言になってしまった。

結果、幻影の俺は、冷ややかな金色の瞳でシルヴィアを黙殺した形になる。


「……いい度胸ね」


シルヴィアの周囲に、鋭利な氷の槍が無数に出現した。


「その余裕、いつまで続くかしら! **【氷結槍(アイシクル・ランス)】**!」


ヒュンッ! ヒュンッ!

十数本の氷の槍が、音速に近い速度で俺(幻影)に殺到する。


「(ひぃぃっ! 当たったら死ぬぅぅ!)」


本体の俺は悲鳴を上げて目を瞑った。

だが、幻影は逃げない。プログラムされていないからだ。


ズボボボボボッ!!!


氷の槍が、幻影の俺を直撃した――ように見えた。


会場から悲鳴が上がる。

「直撃だ!」「無防備に受けるなんて!」


土煙と冷気が晴れる。

誰もが、串刺しになった俺の姿を想像した。


しかし。


「…………」


そこには、傷一つない俺(幻影)が、変わらず腕を組んで立っていた。


「……は?」


シルヴィアが目を見開く。


当然だ。幻影には実体がない。

光の映像なのだから、物理的な氷の槍なんて素通りするだけだ。

槍は幻影をすり抜け、背後の地面に突き刺さっている。


だが、観客にはこう見えた。

**「氷の槍が命中した瞬間、ルクスが身体を『光の粒子』に変えて受け流した」**と。


「ぶ、物理攻撃無効(フィジカル・イミューン)だと……!?」


解説席の教師が叫んだ。


「体を元素化させ、攻撃をすり抜けさせたのか!? あんな高等魔法、宮廷魔導師でも使える者はいないぞ!」

「しかも無詠唱で! 棒立ちのまま!」


会場がどよめきに包まれる。


「(えっ、なんかすごいことになってる?)」


俺はおっかなびっくり目を開けた。

シルヴィアが、信じられないものを見る目で震えている。


「物理が通じないなら……これならどう! **【絶対零度(アブソリュート・ゼロ)】**!」


シルヴィアが奥の手を放った。

闘技場全体を凍てつかせる、広範囲の冷気魔法だ。

これなら避けようがない。


ゴォォォォォ……!

凄まじい寒気が空間を満たす。地面も、空気も、全てが凍りつく。

幻影の俺も、真っ白な氷の結晶の中に閉じ込められた。


「勝った……!」


シルヴィアが確信した。

だが、数秒後。


パキン。


氷の中に閉じ込められた俺(幻影)が、不敵に輝き出した。

光は氷を通す。

氷漬けになっても、内部からの「映像」は消えないのだ。

むしろ、氷がプリズムの役割を果たし、俺の幻影は七色に輝きながら、より巨大に、神々しく膨れ上がった。


「(うわ、なんか屈折してデカくなった!)」


観客席からは、氷の中から巨大な光の巨人が現れたように見えただろう。


「な、何なのよ、あんた……!」


シルヴィアが後ずさる。


「氷すらも、貴方の輝きを増すための飾りに過ぎないというの……!?」


違う。ただの屈折現象だ。

でも、もう弁解できる空気じゃない。


俺はここらで「引き分け」に持ち込もうと、幻影を操作して一歩踏み出させた。


『……終わりか?』


スピーカー魔法で、できるだけ低い声(震え声をごまかした声)を出す。

それが、闘技場全体にビンビン響いた。


シルヴィアの心が折れる音がした。


「……私の負けよ」


彼女は杖を落とし、ガクリと膝をついた。


「全力の魔法が、指一本触れることすらできないなんて……。これが、格の違い……」


「え?」


「降参よ。……煮るなり焼くなり、好きにしなさい」


シルヴィアが頬を染め、潤んだ瞳で俺(幻影)を見上げる。

なぜか「悔しい」というより、「圧倒的強者への憧憬」みたいな顔をしている。

待って、その反応は予想外だ。


『勝者、ルクス・フォン・レイディアント!!』


ワァァァァァァァァ!!!!

大歓声が爆発する。


「(勝っちゃった……)」


俺は瓦礫の陰で頭を抱えた。

ただ突っ立っていただけなのに。

また一人、面倒な信者を増やしてしまった気がする。


そして、幻影の俺は、勝利のファンファーレの中、消滅するのも変なので、そのまま光の粒子となって空へ昇っていく演出をした。


「見ろ! ルクス様が天に帰っていく!」

「やはり神の化身だったんだ!」


勘違いは、もはや成層圏を突破しつつあった。

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