第8話

模擬戦での「完全勝利(という名の引きこもり)」から数日。

俺の学園生活は、平穏になるどころか、カルト宗教の教祖のような様相を呈していた。


「ルクス様、おはようございます!」

「ルクス様、教科書をお持ちします!」

「ルクス様、靴紐が解けております! 私が舐めて直しましょうか!」


廊下を歩けばモーゼのように人が割れ、黄色い声と野太い声が飛んでくる。

特に、模擬戦で俺(の幻影)に敗北したシルヴィア・フローズンの変化が劇的だった。


「……おはよう、ルクス」


教室に入るなり、銀髪の美女がスッと俺の席に寄ってくる。

以前の氷のような冷たさはどこへやら、今の彼女は「主人に忠実な大型犬」のような瞳をしている。


「昨夜はよく眠れた? 枕の高さは合っていたかしら? 必要なら私の膝を……」

「間に合ってる。大丈夫だ」


俺は引きつった笑顔で断った。

彼女は「敗者は勝者に従うのが流儀」という脳筋理論で、俺の世話を焼こうとしてくるのだ。

怖い。美女だけど圧がすごい。


「(普通の高校生活を送らせてくれ……)」


俺は胃痛をこらえながら、一限目の授業『魔法理論基礎』の教科書を開いた。


        ◇


教壇に立ったのは、ガミガミ眼鏡として有名な偏屈教師、グランツ教授だった。

彼は「伝統」と「格式」を重んじるタイプで、俺のような「ぽっと出の天才(勘違い)」を快く思っていないらしい。


「えー、本日のテーマは『遠距離魔法における魔力減衰』である」


グランツ教授が黒板に複雑な数式を書き殴る。


「魔法は、術者から離れれば離れるほど威力が落ちる。空気抵抗やマナの拡散が原因だ。これを防ぐため、従来は『中継地点』に魔石を置くなどの対策が取られてきたが、それでもエネルギーの三割は失われる」


教授はチョークを置き、鋭い視線を教室に向けた。


「さて、この『魔力減衰問題』。過去数百年にわたり、多くの賢者が挑んできたが、未だ完全な解決策はない。……だが、ここにいる『新入生首席』殿ならば、何か画期的なアイデアをお持ちかな?」


完全に嫌味だ。

俺を指名し、答えられないところを見て恥をかかせるつもりだ。

クラス中の視線が俺に集中する。


「(うわぁ、面倒くさいのに絡まれた)」


俺は内心で舌打ちした。

答えなんて知らない。魔法理論なんて真面目に勉強したことないし。

でも、ここで「分かりません」と言えば、また「謙遜なさっている!」とか騒がれるか、逆に「期待外れだ」とバッシングされるかだ。


「(適当に答えて、茶を濁そう)」


俺は前世の知識を検索する。

エネルギーを遠くまで、ロスなく伝える技術。

電気なら電線。

光なら――そう、**光ファイバー**だ。


「……光を、閉じ込めればいいのでは?」


俺はボソッと呟いた。


「ほう? 閉じ込める、とは?」


「光は、屈折率の異なる物質の境界で『全反射』します」


俺は黒板の前に歩み寄り、チョークを手に取った。

書き込んだのは、光ファイバーの断面図だ。


中心に「コア(屈折率高)」、外側に「クラッド(屈折率低)」を描く。


「こうやって、魔力の通り道(コア)を、魔力を弾く素材(クラッド)で包み込むんです。そうすれば、魔力は外に漏れ出ることなく、内側の壁で反射を繰り返し、理論上は地球の裏側までだって減衰ゼロで届きます」


俺が説明したのは、現代社会では常識的な通信インフラの仕組みだ。

でも、この世界の人からすれば。


「…………」


教室が静まり返った。

グランツ教授が、口をパクパクさせている。


「ぜ、全反射による……封入……だと……?」


「あ、いや、これはただの思いつきでして」


俺は急に不安になった。

もしかして、的外れなことを言ったか?

「ホースで水を撒く」くらい適当な例え話のつもりだったんだけど。


「……ありえない」


最前列にいたシルヴィアが、震える声で呟いた。


「魔力を『導線』の中に閉じ込めるなんて発想、今まで誰も思いつかなかった。……魔法は『放つ』ものだという常識を、根本から覆しているわ」


「こ、この理論が確立されれば……都市間の魔力供給網が完成するぞ!」

「遠隔地からの医療魔法も、防衛結界の維持も、桁違いの効率になる!」


生徒たちが立ち上がり、騒ぎ始めた。


「(えっ、そんな大事(おおごと)?)」


俺としては、「こたつに入ったまま、離れた場所の電気(魔法)をつけたい」という怠惰な願望から出たアイデアだったのだが。


グランツ教授が、震える手で眼鏡の位置を直した。

その目からは、敵意が消え失せ、狂気じみた探究心が宿っている。


「ルクス君……いや、ルクス教授!」


「教授!?」


「君は天才か! いや、神の啓示を受けた預言者か! この『全反射導管(ルクス・ケーブル)』理論、直ちに学会に発表すべきだ!」


教授が俺の手をガッチリと握りしめる。


「君の名前を冠して、魔法史に刻もう! さあ、詳しい設計図を! 素材は何がいい? ミスリルか? それとも水晶か?」


「い、いや、ガラスでいいんじゃないですかね……?」


「ガラスだと!? あんな安価な素材で実現可能だというのか! まさに革命だ! 魔法を特権階級から民衆へ開放する、慈愛の技術だ!」


勘違いが加速する。

俺はただ、コストが安いほうが楽だと言っただけなのに。


「す、すごい……ルクス……」


シルヴィアが熱っぽい瞳で俺を見つめている。


「貴方は、強さだけでなく、知性においても私たちを遥か高みから見下ろしているのね。……ゾクゾクするわ」


「(なんでちょっと興奮してるんだよこの人)」


チャイムが鳴ったが、誰も席を立とうとしない。

俺は「光通信の父」として、質問攻めの嵐に揉みくちゃにされた。


「(授業をサボって寝たかっただけなのにぃぃぃ!!)」


こうして俺は、武力(模擬戦)に続き、知力(座学)でも学園の頂点に立ってしまった。

当然、そんな目立つ男を、学園内の「闇」が見逃すはずもなく――。


「……ふん。調子に乗るなよ、光の神子」


教室の陰で、陰湿な目をした男――グルーム教頭が、何やら怪しげな通信石を握りしめていることに、俺はまだ気づいていなかった。

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2026年1月11日 21:00
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小心者の悪役貴族は、ただ目立ちたくないだけ。~最強の「光魔法」が派手すぎて、目潰し用のフラッシュが神の威光と勘違いされています~ kuni @trainweek005050

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