第6話
「死にたくない。痛いのも嫌だ。絶対に戦いたくない」
深夜の第二演習場。
俺はブツブツと念仏のように唱えながら、地面に魔法陣(ただの計算式)を描いていた。
来週の模擬戦。
相手は2年生の首席、『氷の公女』と呼ばれる実力者らしい。
氷の槍とか降らせてくるタイプだ。当たれば死ぬ。かすっても風邪を引く。
「まともに戦って勝てるわけがない。……なら、俺自身が戦わなければいい」
俺が考案した新魔法。
それは、徹底的な「リスク回避」のための囮(デコイ)生成魔法だ。
「光の干渉縞を利用して、立体映像を空間に投影する。……よし、理論値は出た」
俺は深呼吸をし、魔力を練り上げる。
イメージするのは、自分自身の姿。
身長、体重、髪の揺れ方まで完全に再現した、精巧な虚像。
「出ろ、俺の身代わり! **【幻影投影(ホログラム・プロジェクション)】**!」
ブンッ……!
空間が揺らぎ、俺の隣にもう一人の「ルクス」が現れた。
銀髪、金色の瞳、そして無駄に発光する身体。
鏡を見ているかのような完璧なコピーだ。
「おぉ……すごい。触れないけど、見た目は完全に俺だ」
俺は幻影の顔の前で手を振ってみた。
光がすり抜ける。実体はない。
だが、遠目に見れば区別がつかないはずだ。
「これならいける! 戦闘開始と同時にこいつを立たせておいて、本物の俺は【光学迷彩】で透明になって逃げる!」
「敵が幻影を攻撃している間に、俺は安全圏でお茶でも飲んでいればいい。勝敗? 知るか、命あっての物種だ!」
俺は完璧な作戦に自画自賛し、幻影を操作する練習を始めた。
右手を上げれば、幻影も右手を上げる。
走らせたり、踊らせたり。
側から見れば、深夜に一人で分身とダンスを踊る不審者だが、背に腹は代えられない。
「ふふふ、見ろこのステップ。これなら敵の攻撃も華麗に避ける(ように見える)ぞ」
調子に乗って、幻影にムーンウォークをさせていた、その時だった。
「……ルクス様?」
背後から、鈴を転がすような声が聞こえた。
「(ひぃっ!?)」
俺は心臓が飛び出るほど驚き、振り返った。
そこに立っていたのは、蒼い髪をポニーテールにした少女。
先日、裏路地で俺が(逃げるついでに)助けた、セレスティア・レインガードだった。
彼女は、信じられないものを見る目で、俺と――その隣でムーンウォークをしている「幻影の俺」を交互に見ている。
「(やばい! 見られた! 深夜に自分の人形と遊んでるところを見られた!)」
恥ずかしさで死にそうだ。
いや、それ以上に、この「身代わり作戦」がバレたら卑怯者として軽蔑される!
「あ、いや、これはだな……その……」
俺はしどろもどろになりながら、言い訳を探した。
とっさに口をついて出たのは、苦し紛れの一言。
「……己との、対話だ」
意味不明である。
だが、セレスティアの瞳が大きく見開かれた。
「己との……対話……?」
「そ、そうだ。私は常に、己の弱さと向き合っている。これはその具現化……いわば、鏡に映ったもう一人の自分(ドッペルゲンガー)のようなものだ」
中二病全開の設定を盛ってしまった。
頼む、ドン引きして帰ってくれ。
しかし。
セレスティアは震える手で口元を覆い、膝から崩れ落ちた。
「なんと……! これが、ルクス様の強さの秘密……!」
「へ?」
「ただ魔法を鍛えるだけでなく、自らの精神を投影し、実体のない『幻影』と組手を行うことで、己の限界を超えようとされているのですね!」
解釈が斜め上に行った。
組手じゃないです。ムーンウォークです。
「しかも、あの『もう一人のルクス様』……魔力の波動が全く感じられません。気配を完全に断っている」
「つまり、ルクス様は『存在感のある本体』と『気配のない分身』を同時に操り、敵を撹乱する神業を習得されている……!」
「(いや、そっちはただの映像だから気配がないだけ……)」
訂正しようとしたが、セレスティアの熱弁は止まらない。
「先日の路地裏での一件もそうでした。あの一瞬の早業。もしかして、あの時も『分身』を使われていたのですか?」
「……まあ、似たようなものだ(透明になって逃げただけだが)」
俺が曖昧に頷くと、彼女は感極まったように立ち上がり、俺の前に跪いた。
「ルクス様。どうか、このセレスティアを……貴方様の剣としてお使いください!」
「はい?」
いきなりの忠誠宣言。
「私は没落騎士の娘。家を再興するため、強さを求めてここに来ました。ですが、貴方様の高潔な魂と、深淵なる魔導に触れ……私の未熟さを痛感しました」
セレスティアが濡れた瞳で俺を見上げる。
「貴方様のその背中を追いたいのです。どんな汚れた役目でも構いません。どうか、お側に!」
汚れた役目。
その言葉に、俺のアンテナが反応した。
「(……待てよ? こいつ、強そうだな)」
騎士の娘ということは、剣術ができるはずだ。
もし俺がピンチの時、前に立って盾になってくれるかもしれない。
それに、普段の生活でも、ボディーガードがいれば安心感が段違いだ。
「(利用できるものは利用する……それが社畜の生存戦略!)」
俺は内心で計算高く頷き、表面上は穏やかな微笑みを浮かべた。
「……茨の道だぞ?」
「望むところです!」
「私の歩む道は、多くの誤解と困難に満ちている(主に俺がビビって逃げ回るせいで)。それでもついてくるか?」
「はい! この命に代えても!」
セレスティアが深く頭を下げる。
チョロい。いや、ありがたい。
これで俺の「肉の盾(ミートシールド)」第一号が確保できた。
「よかろう。立て、セレスティア。今日から君は私の……えーと、側近だ」
「はっ! 光栄の極みです!」
セレスティアが立ち上がる。
その背後で、俺の幻影(ホログラム)がまだムーンウォークを続けていたが、彼女にはそれが「戦いの舞」に見えているようだった。
「(よし、これで来週の模擬戦も少しは安心だ……)」
俺はホッとした。
だが、この時の俺は知らなかった。
彼女が俺を崇拝するあまり、俺の適当な言葉を「神託」として周囲に広め、さらなる勘違いの連鎖を生む「拡声器」となることを。
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