第5話

学園長室の重厚な扉の前で、俺は生まれたての小鹿のように震えていた。


「(終わった……完全に終わった……)」


呼び出しの理由は明白だ。

入学式で大貴族のイグニスを発光させて自爆させたこと。

もしくは、さっき裏路地で生徒三人を閃光魔法で気絶させたこと。


どちらにしても、カドカワ……じゃなくて角が立つ案件だ。

最悪の場合、退学。

いや、傷害罪で衛兵に突き出されるかもしれない。


「失礼……します……」


俺は覚悟を決めて(本当は逃げ出したいが後ろにセバスチャンがいて逃げられない)、扉を開けた。


        ◇


部屋の中は薄暗かった。

壁一面の本棚、怪しげな魔法薬の瓶、そして宙に浮く水晶玉。

デスクの奥に座っていたのは、白いあごひげを腰まで伸ばした、いかにも「大賢者」といった風貌の老人だった。


この学園の長、エルヴィン・マグナ。

国王ですら敬語を使うという、魔法界の生ける伝説だ。


「よく来たな、ルクス・フォン・レイディアント」


学園長の目が、眼鏡の奥で鋭く光る。

その視線だけで、俺の心臓はキュッとなった。

怖い。おじいちゃん怖い。威圧感がすごい。


「(怒られる! 絶対に怒られる!)」


恐怖で、俺の魔力制御が乱れる。

身体からの発光量が増し、薄暗い部屋が一気にLED照明をつけたように明るくなった。


「ほぅ……」


学園長が眉をピクリと動かした。


「部屋に入った瞬間に、照明魔法(ライト)を展開するとは。……老人の目が悪いことを気遣ってか? それとも、私の『闇』を払おうという示威行為か?」


「い、いえ! 滅相もございません!」


俺は必死で首を横に振った。

ただ漏れてるだけです。ビビって手汗と一緒に光が出てるだけなんです。


「……ふむ。まあよい」


学園長は組んだ手の上に顎を乗せた。


「貴様を呼んだのは、他でもない。今日の『入学式』での一件についてだ」


「(ひぃっ! やっぱり!)」


俺は直立不動で冷や汗を流した。

言い訳をしなければ。

あれは事故だったんです。イグニス君が勝手に眩しがっただけで、俺は何もしていません。


「あ、あれは……その、不可抗力と言いますか……」


「左様。不可抗力であったな」


学園長が重々しく頷く。


「イグニス・ヴォルカノンが放とうとした『煉獄の炎』。あれを、貴様は『鏡面反射』の理(ことわり)を用いて、一歩も動かずに送り返した」


え?

あ、はい。まあ、結果的にはそうです。


「普通、魔法の反射には複雑な術式構築が必要だ。だが貴様は、無詠唱かつ一瞬で、空気の密度を操作し、光と熱を屈折させる『断熱結界』を作り上げた」


学園長がニヤリと笑う。


「見事だ。あのような高度な魔法制御、教師陣でもできる者は少ない」


「……は?」


怒られない?

むしろ褒められてる?


「それに、先ほどの校舎裏での一件も見たぞ」


水晶玉を指差す学園長。

そこには、俺が裏路地でチンピラ三人を瞬殺(目潰し)して、颯爽と去っていく(逃げている)映像が映っていた。


「(うわあああ見られてたぁぁぁ!!)」


「素晴らしい『手加減』だった」


学園長が感嘆の息を漏らす。


「相手を傷つけず、視界のみを奪って戦闘不能にする。慈悲の心と、圧倒的な実力差がなければできぬ芸当だ。……貴様、一体どれほどの修羅場をくぐり抜けてきた?」


ただのブラック企業の修羅場です。

終電間際の駅のホームで、酔っ払いを避けるスキルなら磨きましたが。


「……私は、争いを好みません。ただ、平穏を求めているだけです」


俺は正直に答えた。

これなら、「じゃあ目立たないように静かに過ごしなさい」と言ってくれるはずだ。


だが、学園長は大きく頷き、机をバンと叩いた。


「その言葉、気に入った! 『力なき平和は無力、力ある平和こそ正義』というわけか!」


解釈がマッチョすぎる。


「ルクスよ。貴様のその実力と、高潔な精神。新入生の中に埋もれさせておくには惜しい」


学園長が引き出しから、一つの腕章を取り出した。

黄金の刺繍が施された、いかにも重そうな腕章だ。


「よって、貴様を**『学年主席』**および**『新入生総代』**に任命する」


「……はい?」


「来週行われる『新入生歓迎・模擬戦大会』。そこで新入生代表として、在校生の代表(2年生の首席)と戦ってもらう」


俺の思考が停止した。


学年主席?

総代?

模擬戦?


「ちょ、ちょっと待ってください! 私はそんな目立つ役職、柄じゃありません! 辞退します!」


「謙遜するな。貴様以外に誰がいる?」


学園長は聞く耳を持たない。

それどころか、俺の身体から漏れ出る光(パニックによる明滅)を見て、さらに目を細めた。


「見ろ、その溢れ出る闘志を。喜びで魔力が震えているではないか」


「違います! これは拒絶の点滅です!」


「ふふふ。……期待しているぞ、光の神子よ。この学園に、新たな風を吹かせてくれ」


学園長が指を鳴らすと、俺の体は強制転移の光に包まれた。

問答無用で退出させられる流れだ。


「待って! 無理です! 死にたくないぃぃぃぃ!」


俺の叫びは、転移の音にかき消された。


        ◇


気がつくと、俺は寮の自室(特別室)に立っていた。

手には、重厚な『主席腕章』が握られている。


「……嘘だろ」


俺はベッドに倒れ込んだ。

目立ちたくないと言ったのに。

退学どころか、学園で一番目立つポジションに据えられてしまった。


しかも、来週は模擬戦?

相手は2年生の首席?

そんなの、勝てるわけがない。魔法の実践経験なんてゼロなんだぞ。


「(どうする……どうすれば逃げられる……?)」


逃げられないなら、やるしかない。

殺されないために、全力で防御を固めるしかない。


「……光魔法の応用。もっと研究しなきゃ……」


俺は涙目で、物理学の教科書(前世の記憶)を検索し始めた。

レーザー、ホログラム、光ファイバー。

使えるものは全部使う。


こうして俺は、望まぬままに「最強への階段(エスカレーター)」を、猛スピードで駆け上がることになってしまったのである。

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