第4話
入学式という名の拷問が終わった。
イグニスとの一件で、俺の精神力(メンタル)は限界を迎えていた。
周囲の視線が痛い。
「あれがイグニスを睨み倒した男か……」「歩く発光体……」というヒソヒソ話が聞こえてくる。
「(もう帰りたい……寮の部屋に鍵をかけて引きこもりたい……)」
俺は人目を避けるため、メインストリートを外れ、校舎裏の寂れた旧道を選んだ。
ここなら誰もいないはずだ。
静寂の中で、荒ぶる心臓を落ち着かせよう。
そう思った矢先だった。
「おいおい、無視すんなよ貧乏貴族ぅ」
「俺たちの靴を舐めたら通してやるって言ってんだよ」
聞き覚えのある、典型的な悪役モブのセリフが聞こえてきた。
「(げっ……)」
思わず足を止める。
木立の陰から覗き見ると、男子生徒三人組が、一人の女子生徒を壁際に追い詰めていた。
女子生徒は、凛とした蒼い髪をポニーテールにまとめているが、その表情は悔しげに歪んでいる。
制服の袖は擦り切れ、彼女が没落貴族か平民特待生であることを示唆していた。
「(うわぁ、イジメの現場だ……)」
俺の危機管理能力が警報を鳴らす。
関わってはいけない。
ああいう手合いは、少しでも目が合うと「何見てんだコラ」とターゲットを変えてくる。
見なかったことにしよう。
俺は自分の平和が一番大事だ。
回れ右をして、元来た道を戻ろうとした――その時。
「きゃっ!?」
女子生徒が突き飛ばされ、地面に倒れ込む音がした。
男子生徒の一人が、彼女の手を踏みつける。
「痛いか? ん? 生意気な目をしてるから悪いんだよ」
下卑た笑い声。
「(……くっ、胸糞悪いな)」
俺だって元日本人だ。
女の子が暴行を受けているのを見て、平気でいられるほど腐ってはいない。
でも、助けに入って勝てる喧嘩じゃない。相手は三人。俺はビビリのヒョロガリだ。
「(どうする? 先生を呼ぶか? いや、間に合わない)」
その時、俺の脳内で「物理演算」がスパークした。
俺が直接戦う必要はない。
彼らが「何も見えなく」なれば、その隙に彼女は逃げられるんじゃないか?
そして俺も、誰にも顔を見られずに逃走できる。
「これだ」
俺は木陰に身を潜めたまま、掌をそっと彼らに向けた。
殺傷能力はない。ただ、視神経を一時的にショートさせるだけの、害のない魔法だ。
使うのは、カメラのストロボの数万倍の輝度を持つ、高速点滅光。
「食らえ、必殺の逃走用魔法――**【光子閃光(フォトン・ストロボ)】**!」
カッ、カッ、カッ、カッ!!!!
刹那。
校舎裏の薄暗い路地が、狂ったような明滅に包まれた。
不規則かつ強烈な光のパルスが、三人の網膜を強襲する。
「うぐあぁぁぁぁっ!?」
「め、目がぁぁぁ! チカチカするぅぅぅ!」
効果はてきめんだ。
暗順応していた彼らの目は、急激な光量の変化についていけず、平衡感覚を失う。
三人は糸が切れた操り人形のように、ふらついて同士討ちを始めた。
「どけっ! 見えねぇ!」
「痛ぇ! 誰だ殴ったのは!」
ゴチン! バキッ!
混乱の中で一人が転び、それに巻き込まれて残り二人も盛大に頭をぶつけ、その場に崩れ落ちた。
全員、気絶。もしくは目を回して動けない状態だ。
「(よし! 今のうちに退避だ!)」
俺はガッツポーズをし、**【光学迷彩(インビジブル)】**を展開。
透明人間となって、その場から全速力でダッシュして逃げ出した。
名乗るつもりもないし、感謝されるつもりもない。
ただ、トラブルに巻き込まれたくなかっただけだ。
◇
「……え?」
蒼髪の少女――セレスティア・レインガードは、恐る恐る目を開けた。
数秒前まで、彼女は絶望の中にいた。
没落騎士の娘として蔑まれ、無力な自分を呪っていた。
だが今、彼女の目の前には、白目を剥いて倒れている三人の男子生徒がいる。
そして、その奥に。
光の粒子が舞う中、静かに立ち去る銀髪の背中が見えた。
(※注:ルクスは透明化して走って逃げたが、魔力過多のため「残像」が光って残り、それがゆっくり歩いているように見えていた)
「あの制服……銀色の髪……」
セレスティアは息を呑んだ。
ルクス・フォン・レイディアント。
入学式で騒がれていた、あの「発光する貴族」だ。
彼は、名乗らなかった。
見返りを求めることもなく、ただ一瞬の閃光で悪を断罪し、風のように去っていった。
「(魔法の詠唱すら聞こえなかった。ただ、彼がそこに在るだけで、悪意が浄化されたというの……?)」
セレスティアは、震える手で胸を押さえた。
彼女はずっと探していたのだ。
腐敗した貴族社会の中で、真に「騎士道」を体現する高潔な魂を。
「……あの方こそ」
彼女の瞳に、信仰にも似た熱い光が宿る。
「あの方こそ、私が剣を捧げるべき主(あるじ)……!」
ルクスは知らない。
ただビビって逃げただけの行動が、未来の最強騎士(ヤンデレ予備軍)を覚醒させてしまったことを。
◇
「ふぅ……ふぅ……ここまでくれば大丈夫か?」
現場から数百メートル離れた中庭。
俺は息を切らしてベンチに座り込んだ。
「あー怖かった。心臓止まるかと思った」
誰も追いかけてこないことを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
人助けなんてするもんじゃない。寿命が縮む。
「もう今日は寮に直行しよう。誰とも会いたくない」
俺はトボトボと寮へ向かう道を歩き出した。
だが、運命は俺を休ませてくれない。
ポケットに入れていた「学生証(魔導端末)」が、ブブブと震えたのだ。
『緊急連絡:新入生ルクス・フォン・レイディアント。至急、学園長室まで出頭せよ』
画面に表示された文字を見て、俺は石になった。
学園長室?
出頭?
「(……バレた!?)」
さっきの目くらましがバレたのか?
それとも、入学式のイグニス傷害事件か?
まさか、退学処分? それとも投獄?
「嫌だぁぁぁぁ! 俺の平穏な学園生活が、初日から終わってるぅぅぅ!」
俺は頭を抱え、夕暮れの空に向かって心の中で絶叫した。
その姿すらも、通りがかりの生徒には「夕陽を背負い、世界の不条理を憂う孤高の哲学者」のように映っているのだった。
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