第3話

ついに来てしまった。

俺の処刑フラグが乱立する魔窟、『王立魔法学園』の入学式当日である。


「(帰りたい……今すぐ実家のこたつに帰りたい……)」


王都の目抜き通りを進む馬車の中、俺はガタガタと震えていた。

緊張と恐怖で、魔力のコントロールが効かない。

今の俺は、LED電球どころか、スタジアムのナイター照明並みの輝きを放っていた。


馬車の窓から光が漏れているせいで、沿道の人々が「なんだあの発光する馬車は?」「神の使いか?」とざわついている。

目立ちたくないのに、移動するだけで注目の的だ。


「ルクス様、間もなく到着いたします」


御者が恭しく声をかける。

俺は深呼吸をし、懐からあるアイテムを取り出した。


特製**【遮光ゴーグル】**である。


見た目は真っ黒なサングラスだ。

だが、そのレンズは光魔法の「偏光フィルター」を何層にも重ねて固めた特別製。

これがあれば、俺の発光する身体から目を逸らされても、どこを見ているか悟られない(=挙動不審がバレない)。

さらに、相手の強面を見なくて済むので恐怖心が和らぐ。


「よし、装備完了。……行くぞ」


俺はサングラスをかけ、覚悟を決めて馬車を降りた。


        ◇


「おい、見ろよあれ……」

「眩しっ! なんだあいつ!」


学園の正門をくぐった瞬間、周囲の視線が突き刺さる。

新入生たちが、手で目を覆いながら俺を見ていた。


無理もない。

制服を着た銀髪の男が、全身から聖なる光を撒き散らしながら、真っ黒なサングラスをかけて歩いているのだ。

不審者極まりない。


だが、俺には彼らの表情は見えない(サングラスが濃すぎるから)。

おかげで、パニックにならずに済む。

俺は背筋を伸ばし、無表情でレッドカーペットの上を歩いた。


「(何も見えない……足元が怖い……転ばないように慎重に歩こう……)」


そろり、そろりと足を運ぶ。

その慎重な歩みが、周囲には「王者の風格漂う、堂々たる行進」に見えているとも知らずに。


「きゃあ! 素敵……!」

「あの方が噂のルクス様? 直視できないほどのオーラだわ……」

「目を隠しているのは、その魔眼で見つめるだけで相手を威圧してしまうからか?」


女子生徒たちの黄色い声と、男子生徒たちの畏怖の声が混ざり合う。

よしよし、順調だ。

このまま誰とも目を合わせず、講堂の隅っこに座っていよう。


そう思った、その時だった。


「おい、そこを退け。目障りな発光体だな」


ドガッ、と肩をぶつけられた。

あまりの衝撃に、俺はよろめきかけたが、とっさに展開していた【衝撃吸収バリア(エアバッグ)】のおかげで踏みとどまる。


「(ひぃぃっ! 絡まれたぁぁぁ!!)」


心臓が早鐘を打つ。

恐る恐るサングラス越しに相手を見ると、そこにいたのは逆立った赤い髪の大男だった。


イグニス・ヴォルカノン。

隣国の公爵家の跡取りにして、炎魔法の天才。

そして――原作ゲームで、ルクスをいじめ倒す**「悪役ライバルA」**である。


「(うわあああ本物だ! 怖い! 絶対に関わりたくない!)」


俺は恐怖で声が出なかった。

謝りたい。

「すみません、道を開けます、靴も舐めます」と言って逃げ出したい。

だが、極度の緊張で喉がキュッと締まり、呼吸すらままならない。


結果、俺は無言でイグニスを見下ろす形になった。

サングラスの奥で、瞳孔を開ききってフリーズしながら。


「……あ?」


イグニスがこめかみに青筋を浮かべた。


「無視か? この俺、イグニス様を前にして、挨拶もなしか?」


違うんです。声が出ないんです。

あと、あなたが怖すぎて、俺の身体の発光レベルが上がってます。


**ブォォォォォン……!**


俺の魔力が暴走し、周囲の空間が震えだした。

光量が増し、イグニスの顔が白く照らし出される。


「ッ……!?」


イグニスがわずかに後ずさった。

俺の沈黙と、増幅する光を、「威嚇」と受け取ったらしい。


「てめぇ……! 不遇属性の『光』風情が、俺の『炎』に喧嘩を売ろうってのか!」


イグニスの掌に、ボッと赤黒い炎が灯る。

入学式前から戦闘沙汰!?

退学になる! いや、黒焦げになる!


「(熱いのは嫌だ! 来るな! あっち行け!)」


俺は必死に念じた。

防御だ。炎を防ぐにはどうすればいい?

熱を遮断するには――そう、**【鏡面反射(ミラー)】**だ。


俺は自分の身体の周囲に、空気中の塵を集めてガラス状の被膜を作り出した。

全ての光と熱を反射する、完全なる鏡の盾。


その瞬間。


「燃え尽き――ぐあぁっ!?」


イグニスが悲鳴を上げた。

彼の手の中にあった炎の熱と、太陽光が、俺の「鏡」に反射して、倍の輝きとなってイグニスの目を直撃したのだ。


まさに、自爆。


「め、目がぁ……! くそ、なんだこの光は……熱がないのに、俺の炎がかき消された……!?」


イグニスが目を押さえてうずくまる。

周囲が静まり返った。


「(えっ、なんか勝手に倒れた!?)」


俺は何もしようとしていない。

ただ怖くてバリアを張ったら、相手が勝手に眩しがって自滅しただけだ。


だが、衆人の解釈は違った。


「み、見たか……?」

「ああ。イグニスが魔法を発動しようとした瞬間、ルクス様が『眼光』だけで制圧したぞ……」

「魔法の発動すら許さない、圧倒的なプレッシャー……!」


ざわめきが波紋のように広がる。


「……ふん」


俺はどうしていいか分からず、とりあえず鼻を鳴らした(本当は鼻水が出そうですすっただけ)。

そして、逃げるようにその場を立ち去ることにした。


「(早くトイレ! トイレに行かせて!)」


早足で去っていく俺の背中に、イグニスが屈辱にまみれた声を投げる。


「ルクス……! 覚えてろよ! 実技試験で必ずその化けの皮を剥いでやるからな!」


負け惜しみのような叫び声。

だが俺にとっては死の宣告だ。


「(実技試験……そうだった、あるんだった……)」


俺は絶望でサングラスの下で涙を流しながら、輝く体を引きずって講堂へと向かった。

入学初日から、最強のライバルに目をつけられる。

前途多難なんてレベルじゃない。すでに詰んでいる気がする。

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