第28話 主人公が意図せず“指標”扱いされる
竹本ゆうじは、朝のギルドで静かにコーヒーをすすっていた。
昨日のギルド会議で決まった安全方針も、
まだ後輩探索者たちには浸透していない。
小林翔太も、まだ興奮気味に探索の計画を練っているようだった。
「ゆうじさん、ちょっといいですか!」
声の主は、新米探索者の佐藤明日香(さとう あすか)。
ランクDながら、観察眼だけは鋭く、好奇心旺盛で知られる。
「はい、どうした?」
「ゆうじさんって、いつも安全に探索されてますよね?
どうやって危険を避けているのか、教えてもらえませんか!」
竹本は肩をすくめた。
「いや、特別なことはしてないよ。
違和感を感じたら無理せず撤退するだけ。」
「でも……それが皆さんの指標になるんです!」
「あ、いや……そんなつもりは」
竹本が言いかけたところで、後ろから小林が駆け寄ってきた。
「ゆうじさん!僕も聞きたいです!中層での安全対策、もっと詳しく!」
竹本は苦笑いしながら、
二人の熱意を制するように手を挙げた。
「ちょっと待ってくれ。別に俺は指標じゃない。
あくまで自分のペースでやってるだけだ。」
しかし、その瞬間、
ギルドの掲示板にランクE以上の探索者向け研修会の案内が張り出された。
『竹本ゆうじによる安全探索講習』――
竹本は掲示板を見て、思わず目を丸くした。
「え……俺の名前が……?」
斉藤実が近づき、苦笑混じりに声をかける。
「ゆうじさん、指標扱いというわけじゃないんです。
ただ、後輩たちが安全な探索の基準を学ぶには、実例が必要なんですよ。」
「実例……そうかもしれませんけど、
俺はスローライフ探索者だし……」竹本は戸惑った。
会議室では、既に数名の探索者が竹本の話を聞く準備をしていた。
中には小林や明日香も含まれている。
竹本は心の中で、「これはちょっとした誤解だ」と思った。
だが、説明する暇もなく、研修会は始まった。
「えっと……あの、皆さん、俺は特別な指標でも、
完璧な探索者でもないです。
ただ、自分のペースでやっているだけで……」
「いや、だからゆうじさんのやり方が参考になるんです!」
後輩たちは目を輝かせ、真剣に聞き入っている。
竹本は苦笑いしながらも、少しずつ言葉を選んで説明した。
「まず、違和感を感じたら、無理せず撤退。これが最も大事です。」
「撤退……?」明日香が目を丸くする。
「はい。危険を回避する勇気も、探索者に必要なスキルの一つです。」
竹本は、自分でも意識していなかった中二病スキル
『直感冴醒(アンチリスク)』の活用法も、軽く説明した。
普段はスローライフ探索にしか使わない能力だが、
後輩たちにとっては十分学びになる内容だった。
「なるほど……ゆうじさんは、
ただのサラリーマンじゃないですね!」小林が感嘆の声を上げる。
竹本は苦笑しながら首をかしげた。
「いや、普通のサラリーマンだよ。
探索者としても、スローライフを楽しむだけで……」
しかし、後輩たちは竹本の言葉を文字通り受け取り、
彼の行動を自分たちの基準に組み込み始める。
無理に背伸びせず、慎重に進む、撤退も勇気。
竹本の何気ないペースが、
知らず知らずにギルド内の“安全探索の指標”として
定着してしまったのだ。
研修会が終わった後、竹本は窓際に座り、
静かにコーヒーを一口すする。
外の冬の光がゆっくり差し込み、
ギルドの雑踏の音が遠く感じられた。
「結局、俺のスローライフ探索も、
少しは誰かの役に立つのか……」
竹本は心の中で、少し微笑んだ。
意図せず“指標”にされてしまったが、
それは悪いことではない。
後輩たちの安全を守る役割――自分のペースでやる探索が、
誰かの学びになる。少しだけ誇らしい気持ちが、静かに胸を温めた。
竹本はコーヒーを飲み干し、今日もギルドの雑踏の中で、
スローライフ探索者としての一日を静かに始めるのだった。
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