第21話 「戻れなかった場所」


坂倉が、ギルドの外のベンチに座っていたのは珍しかった。

夕方。探索者の出入りが落ち着く時間帯だ。


竹本ゆうじは、報告を終え、声をかける。


「今日は、潜らないんですか?」


「もう、十分歩いた」


坂倉は缶コーヒーを一本、ゆうじに差し出した。


「たまには、話すか」


それは、誘いというより、確認だった。


二人は並んで座る。

人通りはあるが、会話を邪魔するほどではない。


「前に言っただろ。俺、深く潜らなくなったって」


「はい」


「正確には、一度、潜りきった」


ゆうじは、何も言わない。


「ランクD。十五層の最下層」


当時は、今より規定も装備も甘かった。

無理をすれば、行けた。


「行けると思った。行けたんだ」


坂倉は、淡々と続ける。


「戻れなかった」


言葉が、空気に落ちる。


「……帰還ゲートが、壊れた」


正確には、作動条件を満たさなかった。

当時は、情報が不足していた。


「一晩、下で過ごした」


モンスターは、いなかった。

だが、静かすぎた。


「仲間が、一人、取り乱した」


その結果、事故が起きた。

致命傷ではないが、歩けなくなった。


「俺は、判断を誤った」


助けを待つか、運ぶか。

選んだのは、後者。


「時間を、読み違えた」


救助が来たのは、翌朝だった。

間に合ったが、後遺症が残った。


「……それで、全員、辞めた」


坂倉自身も、しばらく探索者登録を外した。


「越えた先には、何もなかった」


強さも、達成感も。

残ったのは、記録と、傷だけ。


「だから、戻れるところで止まる」


坂倉は、ゆうじを見る。


「お前は、それが最初からできる」


「僕は……怖いだけです」


「怖さを理由にできるのは、才能だ」


前にも聞いた言葉だ。

今度は、重みが違う。


「英雄の話は、だいたい生き残った側の編集だ」


坂倉は、少しだけ笑った。


「現実は、編集されない」


日が、傾いてきた。


「俺は、もう越えない」


「後悔は?」


ゆうじが聞くと、坂倉は首を振る。


「越えたから、わかった」


それで、十分だと。


二人は立ち上がる。


「話してくれて、ありがとうございます」


「聞ける相手にしか、話さない」


それだけだった。


帰り道。

ゆうじは、自分の歩幅を確かめる。


速くない。

だが、戻れる。


それが、今の自分にとっての強さだった。

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