第19話「半歩ぶん」


その週、竹本ゆうじは気づいた。


ギルドに行く頻度は変わらない。

時間帯も、顔ぶれも、だいたい同じ。


それでも、三枝みことの位置が、少しだけ違っていた。


カウンターの最前列ではなく、奥。

対応に出る回数が、減っている。


「今日は、裏です」


そう言って、みことは小さく笑った。


無理に明るくしない、自然な笑顔だった。


「整備中ですか?」


「ええ。引き継ぎと、整理」


声の調子が、落ち着いている。

例の“間”は、短くなっていた。


ゆうじは、それ以上聞かなかった。


ランクEダンジョン。

今日は二層まで。


中二病スキルが発動する。


《発生スキル:余白確保(マージン・キープ)》

行動予定に意図的な余裕を作り、判断を早める生活向き能力。


今の自分には、ちょうどいい。


帰還後、報告を坂倉に渡す。


「最近、あの子どうだ?」


「少し、距離を置いてるみたいです」


坂倉は、短く頷く。


「いい判断だ」


「距離って、必要ですか?」


「近すぎると、見えなくなる」


それだけだった。


数日後。

ギルドの休憩スペースで、みことが一人でお茶を飲んでいた。


珍しい。


「お疲れさまです」


「お疲れさまです」


今日は、声に迷いがない。


「最近、どうですか?」


質問は、軽かった。

答えを急がせない。


「……少し、楽です」


それだけで、十分だった。


「全部、自分でやろうとしてました」


みことは、湯気を見るように視線を落とす。


「それが、正しいと思ってました」


「今は?」


「今は……続かないって、わかりました」


言葉は、静かだった。

後悔も、自己否定もない。


「半歩、下がるだけで、景色が違いますね」


ゆうじは、頷いた。


「僕も、最近それを覚えました」


二人は、それ以上話さなかった。

沈黙は、重くない。


ギルドの外に出ると、風が涼しい。


「また、前に戻りますか?」


みことが聞く。


「どうでしょう」


ゆうじは答える。


「必要になったら」


みことは、少し笑った。


「それ、いいですね」


距離を置く。

逃げるのではなく、整えるために。


半歩ぶんの余白が、二人の間にあった。


それは、失われた距離ではなく、守られたものだった。

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