第18話 「もう一人、増やせば」
その日は、昼前からギルドが騒がしかった。
ランクEダンジョンでの軽い事故。
重傷者はいないが、報告と対応で窓口が混む。
竹本ゆうじは、探索を終えて戻ってきたところだった。
「お疲れさまです。報告書、こちらに」
三枝みことの声は、いつもよりはっきりしている。
だが、速い。
手が止まらない。
視線も、休まない。
「……忙しそうですね」
「少し、ですね」
即答。
間がない。
カウンターの向こうでは、探索者が次々に話しかける。
質問、苦情、確認。
みことは全部、受け止めている。
「この件、上に回します」
「はい、規定ではこちらです」
「少しお待ちください」
完璧だ。
だからこそ、危うい。
坂倉が、横に立つ。
「人、足りてないな」
「応援、呼ばないんですか?」
ゆうじが小声で聞くと、坂倉は首を振る。
「本人が断ってる」
その言葉で、胸の奥が冷えた。
午後。
一段落した頃、みことは席を立とうとして、ふらりと揺れた。
ほんの一瞬。
「……大丈夫です」
周囲より早く、そう言った。
誰も気づいていない。
気づいたのは、近くにいたゆうじだけだ。
「水、飲みますか」
差し出すと、みことは少し驚いた顔をしてから受け取った。
「ありがとうございます」
その手が、わずかに震えている。
「最近、シフト増えてます?」
問いは、静かだった。
みことは一瞬、迷う。
「……人が足りなくて」
「断れない?」
少し、間。
「断れます。でも」
言葉が、続かない。
「私がやった方が、早いんです」
それは、正しい。
そして、一番危ない理由だった。
「もう一人、増やせばいいのに」
ゆうじは、ぽつりと言う。
みことは、はっとしたように顔を上げる。
「それは……」
「簡単じゃないのは、わかります」
遮るように、続ける。
「でも、今のままだと、続かない」
みことは、何も言わなかった。
否定もしない。
その沈黙が、答えだった。
その後、上司が来て、応援を一人回した。
みことは、初めて深く息を吐いた。
「……ありがとうございます」
誰に向けた言葉か、わからない。
帰り際、ギルドの出口で声をかけられた。
「今日は、潜らないんですね」
「はい。今日は、様子見です」
みことは、少し笑った。
「……それ、いいですね」
無理をしない選択。
それが、どれほど難しいか。
ギルドの灯りが、背後で揺れる。
越えなかった線は、細く、見えにくい。
だが、確かに、そこにあった。
ゆうじは振り返らず、静かに帰路についた。
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