第15話 「少しだけ、早足で」
その週、竹本ゆうじの予定表は、珍しく埋まっていた。
平日は会社。
定時で上がれる日が減り、残業が二日続いた。
理由は単純で、人が足りない。
「助かるよ、竹本」
そう言われると、断りづらい。
帰宅は遅くなり、食事は簡単に済ませる。
それでも、翌朝は起きられる。
だから、問題ないと思っていた。
土曜日。
本来なら休養日だが、ギルドに顔を出した。
「今日は、潜るんですか?」
みことに聞かれ、少し考えてから答える。
「……短時間だけ」
ランクEダンジョン。
一層と二層だけの予定。
装備は問題ない。
体調も、悪くはない。
そう思っていた。
一層目。
モンスターの動きが、わずかに速く感じる。
「気のせいか」
中二病スキルが発動する。
《発生スキル:微風歩行(そよかぜほこう)》
足元の空気抵抗を減らし、移動を軽くする生活向き能力。
便利だが、今日は効果が薄い。
二層目。
判断が、半拍遅れた。
小型モンスターの突進を、防具で受ける。
ダメージは小さい。
だが、胸の奥がざわついた。
「……今日は、ここまで」
予定通り、引き返す。
それでも、帰り道が長く感じた。
ギルドでの報告中、みことが言う。
「顔色、ちょっと悪いです」
「そうですか?」
自覚は、あまりない。
家に帰ると、靴を脱ぐのも面倒だった。
ソファに座り、そのまま動けなくなる。
気づけば、夜だった。
翌週。
会社では、小さなミスが増えた。
書類の数字。
メールの宛先。
致命的ではないが、普段ならしない。
「疲れてる?」
同僚に言われ、笑ってごまかす。
水曜日。
ダンジョンに行く予定だったが、やめた。
理由を探すのも、面倒だった。
木曜日。
寝つきが悪い。
頭の中で、ダンジョンの地図と会社の予定が混ざる。
金曜日の夜。
坂倉から、メッセージが来た。
『最近、潜りすぎてないか』
短い文だった。
正直に返す。
『会社が、ちょっと忙しいです』
少し間があって、返信。
『じゃあ、今は潜る時期じゃない』
その一文で、胸が軽くなった。
土曜日。
完全に休んだ。
洗濯をして、部屋を掃除する。
昼に、ちゃんとした食事を作る。
何もしない時間が、戻ってくる。
夕方、体が軽いことに気づいた。
「……ああ」
無理をしていたのは、探索でも仕事でもない。
両方を、少しずつ詰め込みすぎていた。
日曜の夜、ギルドに顔を出す。
「今日は、潜らないんですね」
みことが言う。
「はい。整える日です」
それだけで、十分だった。
バランスは、崩れることがある。
でも、戻せる。
竹本ゆうじは、少しだけ歩く速度を落とし、家路についた。
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