第14話 「深く潜らなかった理由」


坂倉が、珍しくギルドの奥の席に座っていた。

昼下がりで、人は少ない。


竹本ゆうじはコーヒーを受け取り、向かいに腰を下ろす。


「今日は潜らないんですか?」


「休憩日」


坂倉は短く答えた。

装備は持っていない。完全にオフだ。


しばらく、何でもない話をする。

最近の素材相場、天気、ギルドの混み具合。


話が途切れたところで、坂倉がぽつりと言った。


「……昨日の撤退、正しかったですよ」


「ありがとうございます」


「俺も、昔なら行ってた」


その言い方が、少しだけ引っかかった。


「昔、ですか?」


坂倉は、少し考えるように視線を落とす。


「五年前。ダンジョンが出た直後」


まだ探索者ギルドも整っていなかった頃だ。


「強くなりたかった。稼ぎも必要だった」


ランクE相当のダンジョンに、無理をして潜った。

仲間は三人。


「……二人、怪我した」


命は助かった。

だが、一人は探索者を辞めた。


坂倉自身も、しばらく潜れなくなったという。


「それで、考えた」


強くなるより、続けること。

深く潜るより、戻ってくること。


「だから、ああいう判断ができる人を見ると、安心する」


ゆうじは、言葉を探したが、うまく見つからなかった。


「……僕は、臆病なだけです」


「臆病は、才能ですよ」


坂倉は、はっきり言った。


「勇気は後からでも持てる。判断力は、持ってないと死ぬ」


その言葉は、重いが、押しつけがましくない。


みことが、カウンター越しにこちらを見る。

視線が合い、軽く会釈した。


「俺は、もう深く潜らない」


坂倉は言う。


「今は、これで生活できてる」


「後悔は?」


少し間があって、首を振った。


「ない。あのとき戻ったから、今がある」


ゆうじは、静かに頷いた。


「……僕も、同じです」


二人は、それ以上話さなかった。

言葉は、もう十分だった。


ギルドを出ると、外は明るい。

平日の午後。


「今日は、何もしないんですか?」


「何もしない」


坂倉は笑った。


「それも、立派な選択だ」


別れ際、背中を見送る。

坂倉の歩き方は、安定していた。


深く潜らなかった人の歩き方だ。


ゆうじは、少しだけ背筋を伸ばし、家路についた。


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