第13話 「引き返す勇気」
その違和感は、ほんの一瞬だった。
ランクEダンジョン二層。
竹本ゆうじは、通路の角で足を止めた。
「……静かすぎる」
敵の気配がない。
それ自体は珍しくない。
だが、空気が張りついている。
《マジックアイ》を発動。
視界の端に、ぼんやりとした反応が映る。
数が、多い。
「……想定外だな」
予定では二層を軽く見て、三層に入るか判断するはずだった。
だが、反応は通路の奥に固まっている。
複数の魔物。
種類も、混ざっている。
「……嫌なやつだ」
一歩、下がる。
音を立てないよう、慎重に。
その瞬間、床がわずかに沈んだ。
「――っ」
反射的に飛び退く。
足元の石板が割れ、小さな落とし穴が開いた。
罠だ。
ランクEでは珍しくないが、配置が雑だ。
「管理、甘いな……」
罠があるということは、奥の敵も警戒している可能性が高い。
つまり、奇襲される。
選択肢は二つ。
進むか。
戻るか。
ゆうじは、迷わなかった。
「……今日は、帰る」
即決だった。
《セーフティゾーン》を展開。
安全空間を背に、ゆっくり後退する。
一瞬、奥で何かが動いた気配がした。
だが、追ってこない。
通路を抜け、一層まで戻る。
そこでようやく、呼吸を整えた。
「……大丈夫」
手は震えていない。
判断は、間違っていない。
ギルドに帰還すると、受付が顔を上げた。
「早いですね」
「罠と、集団反応がありました」
即座に、表情が引き締まる。
「記録、お願いします」
簡単な報告を書き、提出する。
詳細は、他の探索者への注意喚起になる。
坂倉が、奥から出てきた。
「何かあった?」
「小さいトラブルです。即撤退しました」
それを聞いて、坂倉は笑った。
「それができるなら、問題ない」
「……弱気ですかね」
「いいや」
はっきりした声だった。
「生き残る判断だ」
みことも、頷く。
「怪我してから戻る人、多いですから」
ゆうじは、少し肩の力が抜けた。
帰り道、夜風が冷たい。
だが、頭は冴えている。
「行けた、かもしれない」
そう思わないわけではない。
でも、それは結果論だ。
行かなかったから、今ここにいる。
「……これでいい」
家に帰り、装備を外す。
靴についた埃を落とし、ナイフを拭く。
今日は、ドロップはない。
経験値も、ほとんど増えていない。
それでも。
「判断は、成長だよな」
独り言が、静かな部屋に落ちた。
無理をしなかった。
それだけで、今日は十分だった。
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