第4話 「少しだけ、運がよかった日」


その日は、特別な予定はなかった。

竹本ゆうじは定時で仕事を終え、いつものようにネクタイを外しながら考える。


「……行けそうだな」


体調は悪くない。

疲れも溜まっていない。

それだけで、行く理由としては十分だった。


探索者ギルド東湾支部に立ち寄ると、顔なじみがいた。


「こんばんは」


坂倉が軽く手を挙げる。


「今日は潜るんですか?」


「三層くらいまでなら」


「無理しない宣言、助かります」


みことも笑いながら言った。


ランクFダンジョン。

入口をくぐると、相変わらずひんやりとした空気が迎える。


一層、二層は問題なく進む。

動きは以前より滑らかだった。

敵の攻撃を見てから避ける余裕がある。


三層。

少し広い部屋で、ゴブリンが二体。


「……落ち着け」


スキル発動。


《ウィンドカッター》


風の刃が一体を牽制する。

もう一体が距離を詰めてくるが、探索靴のおかげで踏ん張りが効いた。


短剣を振るう。

手応えは、以前より確かだ。


戦闘は短時間で終わった。


「……よし」


無理をした感覚はない。

息も乱れていない。


奥の宝箱に、目が留まる。

ランクFでは珍しい。


「罠……なさそうだな」


慎重に開ける。


中にあったのは、黒っぽい短剣だった。

装飾は少ないが、刃に薄く模様が走っている。


《影鉄のナイフ》


ギルド鑑定によると、

攻撃力が少し高く、耐久性も良い。

さらに、暗所で扱いやすい特性があるらしい。


「……レア、なのか」


派手な光はない。

だが、確実に今までの短剣より良い。


四層へ行くか、一瞬迷って、やめた。

今日は、ここまで。


ギルドに戻ると、坂倉とみことがいた。


「お、いい顔してますね」


ナイフを見せると、二人は目を細めた。


「いいドロップですね」


「うん。初心者には、ちょうどいい」


ちょうどいい。

その言葉が、妙にしっくりくる。


「もっと上、行かなくていいんですか?」


みことが聞く。


「……今は、これで」


強さを求めれば、きりがない。

でも、生活はもう少しで楽になる。


帰り道、コンビニで少し高めの弁当を買った。

それくらいは、許される。


家に帰り、新しいナイフを手入れする。

刃が、静かに光る。


「頼むな」


独り言が、自然に出た。


小さな成功。

小さな前進。


それで、十分だった。

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