第3話 「名前を覚えるということ」
探索者ギルド東湾支部は、午前中が一番静かだ。
竹本ゆうじは有給を取った平日の朝、コーヒー片手にカウンター席へ座った。
「いらっしゃい、竹本さん」
受付の女性が、名前を呼んだ。
それだけで、少し驚く。
「覚えられてました?」
「もう三回来てますから。無理しない人って、印象に残るんです」
褒められているのか、そうでないのか。
ゆうじは曖昧に笑った。
掲示板には、ランクFとEの依頼が並んでいる。
素材回収、マップ更新、初心者同行。
どれも急ぎではない。
「今日は潜らないんですか?」
声をかけてきたのは、カウンター横のテーブルに座る男性だった。
年は二十代後半くらい。装備は使い込まれているが、派手ではない。
「はい。たまには休もうかなと」
「いいですね、それ」
男は名を 坂倉 恒一(さかくら・こういち) と名乗った。
フリーの探索者で、素材売却が主な収入源らしい。
「無理する人、多いんですよ。特に最初」
「そうなんですか」
「ええ。強くなりたいって気持ちが先に来て」
坂倉は、苦笑いを浮かべた。
そこへ、マグカップを持った女性が合流する。
短髪で、動きが軽い。
「その人、新人?」
「うん。竹本さん。定時退社派」
「いいね」
女性は三枝 みこと。
探索者兼、ギルドの雑務手伝い。
回復系スキルを持つサポート役だという。
「ダンジョン、怖くない?」
直球な質問に、ゆうじは少し考えた。
「怖いです。でも……生活が良くなるなら」
「現実的」
みことは笑った。
三人で、しばらく雑談をする。
最近のドロップ相場、ランクEの注意点、靴の選び方。
専門用語が出るたび、みことが簡単に説明を入れてくれる。
たとえば「ヘイト」。
敵の注意を引きつける度合いのことだ。
「竹本さんは、どんなスキル?」
「……中二病、です」
一瞬、沈黙。
次に、二人が吹き出した。
「名前だけ最強」
「効果は?」
いくつか話すと、坂倉が真顔になる。
「それ、汎用性高いですよ。大事に使ったほうがいい」
評価されると、少しだけ照れる。
昼前、ゆうじは席を立った。
「今日は、ここまでで」
「それでいいと思います」
みことが言った。
「また来てください。無理しないで」
ギルドを出ると、外は晴れていた。
平日の昼間、街はのんびりしている。
「名前、覚えられたか」
それだけで、少し居場所ができた気がした。
急がなくていい。
強くならなくていい。
今日も、ちゃんと生きている。
それで十分だった。
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