第11話 これなら

 少しだけ、奥に進んだ場所だった。


 先程の騒ぎから離れたダンジョン内。

 戦闘音も、人の声も、もう聞こえない。


 わたしは壁に寄りかかって、そのまま座り込んでいた。


 暗い。

 でも、完全な闇じゃない。


 ダンジョンの淡い光が、包帯の白をぼんやり照らしている。


 ……静かだ。


 心臓の音が、ようやく落ち着いてきた。


 さっきまでの高揚。

 視線。

 雷。

 ざわめき。


 全部、少し遠くなる。


 ──あ。


 この感じ。


 俗に言う、賢者なんとかってやつだ。たぶん。


 頭が、急に冷える。


 包帯の下で、喉が詰まった。


「……」


 思い出す。


 倒れていた人たち。

 逃げる背中。

 驚いた顔。


 誰も、わたしを殴ってきたわけじゃない。

 敵意を向けたわけでもない。


 ただ、そこに居ただけ。


 それなのに。


 わたしが、傷つけた。


「……あ」


 声が、震える。


「……わたし……」


 喉の奥が、きゅっと締まる。


 視界が、滲みそうになる。


 ……皆に。


 迷惑を、かけた。


 戦闘は、いい。


 向けられた敵意なら、まだ分かる。


 でも。


 巻き込んだ。

 知らない人を。

 関係ない人を。


「……だめ、だよね……」


 ぽつり。


 包帯を握る指に、力が入る。


 スキルの使い方も、分からない。

 被与も、裂脈も、共相も。


 出たら、広がる。

 見られたら、壊れる。


 どう扱えばいいのか、

 全然、分からない。


 怖い。


 自分が。


 この身体が。


 でも。


 寂しい。


 一人でいると、

 それはそれで、苦しい。


「……どうしよう……」


 本当に、小さな声。


 泣きそうになる。


 このまま進んだら、

 また誰かを傷つけるかもしれない。


 でも、戻ったら、

 誰にも見られない。


 包帯の中で、息を吸う。


 そこで。


 端末が、視界に入った。


 配信アプリ。


 設定画面。


 ……配信。


 自分で、話す。


 言葉で。


 だったら。


 傷、いかないよね。


 戦闘じゃない。

 スキルも使わない。

 被与も、出ない。


 ただ、喋るだけ。


 見られるけど。

 壊さなくて、いい。


「……それなら……」


 震える声で、呟く。


 配信設定を、開く。


 画質。

 音声。

 遅延。


 初めて触る項目ばかりで、手がもたつく。


 それでも。


 少しだけ、胸が軽くなった。


 誰かに、見られたい。

 でも、傷つけたくない。


 その両方を、

 初めて同時に考えた気がした。


 開始ボタンは、まだ押さない。


 でも。


 設定を、閉じない。


「……考えよう」


 自分に言い聞かせる。


「ちゃんと……考えよう」


 泣きそうな目を、包帯の奥で拭って、

 わたしは端末を握りしめた。


 迷惑をかけるのは、

 もう、ここまでにしたい。


 寂しいけど。


 それでも。


 次は、

 違うやり方を探したい。


 ダンジョンの奥で、

 わたしは一人、そう決めていた。




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