第6話 もどる

 少し、空気が違う。


 洞窟の天井が高くなって、足音が反響しすぎない。

 壁の傷も、どこか浅い。


 ……あ。


 ここ、近い。


 ダンジョンの出入口に。


 完全に戻ったわけじゃない。

 でも、生活拠点までそう遠くない場所。


 人の気配が、はっきりする。


 ……なるほど。


 ガチな人は、ここで喧嘩なんてしないよね。


 わざわざ争う意味がない。

 先に進むか、戻るか。

 決めている人たちは、もう奥に行っている。


 だからここは――


 人が多い。


 すれ違う。

 追い抜かれる。

 立ち止まる人もいる。


 そして。


 ……多い。


 配信。


 端末を構えて歩いている人。

 ドローンカメラを起動したままの人。

 喋りながら、視線を宙に投げている人。


 コメントを読んでいるのが、分かる。


 ……あ。


 これ。


 たぶん、ネタにされるやつだ。


 血だらけの包帯女。

 入口近くを歩いてる。

 しかも一人。


 ――えへ。


 胸の奥が、ひくりと甘くなる。


 だめだ。

 顔に出る。


 とろけそうになるのを、必死で堪える。

 包帯の奥で、口角を押さえる。


 ここは。


 厨二だ。


 厨二でいかないと。


 わたしは、わざと歩みを止めた。


 すぐ近くを通り過ぎようとしていた配信者が、こちらを見る。

 カメラの向きが、ほんの少し変わる。


 ……見てる。


 わたしは、片目だけで、そちらを見返した。


 ――この身は。


 言葉を、噛み締める。


「……下賤な人間のために」


 一瞬、周囲が静かになる。


「この身が、あるわけではない」


 喉が、ひくりと鳴る。

 でも、続ける。


「……去れ」


 それだけ。


 説明は、しない。

 笑わない。

 近づかない。


 床と壁の傷が、じわりと脈打つのを感じて、すぐに視線を切った。


 ……だめだ。


 これ以上は、広がる。


 わたしは、何もなかったみたいに歩き出した。


 走らない。

 振り返らない。


 背後で、ざわつく気配がする。


「今の、何……?」


「え、映ってたよな?」


「包帯の……誰?」


 ……えへ。


 聞こえる。


 ちゃんと、聞こえる。


 でも、知らないふり。


 生活拠点の方角は、もう分かる。

 人の流れに、逆らわずに歩く。


 血だらけのまま。

 包帯のまま。


 厨二を、崩さないまま。


 心臓は、ばくばくしている。


 顔が、熱い。


 でも。


 歩きながら、わたしは思ってしまう。


 ――今の、絶対どこかで切り抜かれる。


 ……えへ。


 それでもいい。


 だって。


 無視されてない。


 わたしは、そのまま地上へと戻っていった。




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