第4話 どきどき

 洞窟の奥へ進む途中、足音がした。


 後ろから。

 複数。


 ……ドキドキ。


 立ち止まると、すぐに分かる。

 わたしじゃない。

 他の参加者だ。


 荒れた床。

 壁一面の裂傷。


 そして、その中心に立つ、包帯の女。


「……ここ、誰がやった?」


 警戒した声。


 振り向いた瞬間、視線が絡みつく。

 包帯。

 滲んだ赤。

 片目だけの視線。


 ……見られてる。


 怖い。

 でも。


 胸の奥が、きゅっと甘く締まる。


「……あんた、ここにいたのか?」


 近づこうとした一人が、足を止める。

 傷に気づいたらしい。


 わたしは、少しだけ息を吸って。


 ──この身は。


 言葉を、選ぶ。


「……この身は、包葬」


 名乗った瞬間、空気が変わる。


「……包、何?」


「ここは……終わった場所」


 それだけ。


 説明はしない。

 できない。


 言葉にした途端、

 床の裂傷が、じわりと広がった。


「……っ」


「やば……」


 一斉に距離が開く。


 ……あ。


 また、やっちゃった。


 怖がられてる。

 でも。


 ――えへ。


 ちゃんと、見られてる。


「この身は……先を征く」


 そう言って、わたしは背を向けた。


 走らない。

 逃げない。


 ただ、歩く。


 背後で、誰も追ってこない気配を感じながら。


 奥へ。


 洞窟は、どんどん暗くなる。


 灯りが減って、音だけが大きくなる。


 ……こわい。


 胸が、ぎゅっと縮む。


 さっきまで、人がいた。

 今は、いない。


 啜る音が、勝手に漏れた。


 泣いてる、と気づいたのは少し後だった。


 そのとき。


 前方で、影が動いた。


 ……いる。


 モンスター。


 怖い。

 でも、それよりも。


 ほっとする。


 一人じゃ、ない。


「……ねえ」


 声が、震える。


「一緒に……行こ」


 当然、通じない。


 次の瞬間、衝撃。


 鋭い痛みが、身体を貫く。


「……っ」


 痛い。

 本当に、痛い。


 でも。


 攻撃しよう、とは思わなかった。


 やめて。

 こわい。

 それだけ。


 次の瞬間、モンスターが呻く。


 同じ場所。

 同じ裂け方。


 わたしの身体に走った傷と、まったく同じ傷が、相手にも刻まれていた。


 ……共相ノ傷。


 やり返してない。

 守ってもいない。


 ただ、傷を受け取っただけ。


 それなのに、近くにいるほど、相手の動きが鈍る。


 周囲の壁と床に、さらに傷が増えていく。


 言葉も、意思もなく。


 モンスターは、最後に一度だけ動いて、崩れ落ちた。


 音もなく、消える。


 ……静か。


 残ったのは、傷跡だけ。


 わたしは、その場に座り込んだ。


 包帯を押さえる。


 遅れて、痛みが広がる。


 痛い。

 本当に、痛い。


 でも。


 ……えへ。


 ちゃんと、やり取りがあった。


 怖かったけど。

 痛かったけど。


 一緒に、いた。


 ほんの少しだけ。


 今はもう、消えちゃったけど。


「……ありがとう」


 誰に向けたかも分からないまま、そう呟いて、わたしは立ち上がった。


 奥へ続く、傷だらけの道。


 まだ、誰かがいるかもしれない。


 そう思いながら、

 わたしはまた、歩き出した。



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