第4話 20代の松島
何とか就職できた会社は、最初から、
「デザインの経験があった」
ということからではなかった。
最初は、
「営業」
ということで入社したのだったが、その研修期間中は、
「支店や営業所の業務を覚える」
というのが主だったのだ。
その期間が、ちょうど半年ということであった。
ちょうどその時に、
「本部で、デザインを賄ってもらえる人を誰かいないか?」
という話になったという。
しかも、デザイン関係の仕事というところは、今までにはなく、
「新規部署」
ということだったので、
「若い人材がいい」
ということで、その白羽の矢が、松島に当たったのだった。
そもそも、
「デザインの経験はないんですが」
ということであったが、どうやら、
「営業とデザインを天秤に架けた時、現場の仕事よりも、センスを必要とするという意味で、松島君がいい」
ということのなったという。
最初は、
「何をどうしていいのか分からない」
ということであったが、先輩に教えられ、
「見よう見まね」
ということでやってみると、存外思ったよりも、まわりの評価は高かったのであった。
本人も、
「今までは、自分の誇れるものは何もない」
と思っていたということであったが、
「やってみれば、何とかなった」
というよりも、上司に、
「舌を巻かせる」
というくらいにこなせるということであるのだから、
「会社としても、してやったりだ」
と思うだろうし、本人としても、
「これが、自分の実力だ」
というくらいに、感じたことだろう。
この頃から、
「自惚れというのは決して悪いことではない」
と感じるようになった。
確かに、自惚れて、自信過剰になることで、
「自分を見逃してしまう」
ということになってはいけないだろう。
しかし、
「自惚れるくらいがちょうどいい」
という先輩がいて、その人が自分の、
「デザインの先生」
ということだったのは、それまでの
「免罪符」
というものを優先順位の上位と考えていたということから思えば、
「この時も、人生の分岐点の一つだったに違いない」
と思ったのだ。
その時出会ったのが、
「吉谷洋子」
という女性であった。
彼女こそ、
「今までで、一番好きだった女性」
ということになるのであったが、その時は、ハッキリとは分かっていなかった。
ただ、
「今まで知り合った女性とは違う」
という思いがあった。
最初は、その思いがどこから来るのかということが分からなかった。
しかし、分かって見ると。自分で納得がいったことであり、それが、
「一目惚れだった」
ということであった。
考えてみれば、今まで付き合った女性は。
「一目惚れ」
という人はいなかった。
それらすべてを、
「好かれたから好きになったんだ」
と思うようになっていた。
だから、今まで付き合った女性は、
「自分が好きになるよりも、先に相手が好きになってくれた」
ということで、よくいえば、
「相手に一目惚れをさせるタイプなのかも知れないな」
ということでの、
「自惚れ」
というのはあったのだ。
そういう意味で、
「好かれたから好きになる」
というのは、
「自分の個性」
ということであり、そのことは決して悪いことではないと思うようになったのであった。
だが、もう一つ考えたのは、
「今まで付き合ってきた女の子は、熱しやすく冷めやすいタイプなのかも知れない」
と思った。
「こっちが好きになった」
という時に、別れが襲ってくるということで、
「これはすれ違いなんだ」
と感じていたのだ。
ただ、
「それが間違いだった」
ということに気づいたのは、
「実は、離婚した時だ」
ということであった。
松島には離婚経験がある。
「吉谷洋子」
と別れることになってから、付き合った女、
「杉下さつき」
という女性と付き合ってから、順風満帆に、結婚というものに、ゴールインしたのであった。
さつきは、松島が、
「吉谷洋子」
という女性と付き合っていて、
「ずっと好きだったのに、別れなければならなくなって、いまだに落ち込んでいる」
ということを分かったうえで、付き合うことにしてくれたという相手であった。
さつきという女は、やはり基本は、
「おとなしいタイプの女性」
ということであったが、実際には、学生時代の友達などには、
「自分の方から主導権を握る」
というタイプであった。
考えかたもしっかりしているので、
「自分にも主導権を握ってくるのではないだろうか?」
と思っていたが、あくまでも、松島に対しては従順で、必要以上に、言葉を発しないというタイプだったのだ。
それで、松島とすれば、
「この女性は、自分だけ、他の人と違う」
という態度を取ってくれることから、いつの間にか、自分も惹かれているということが分かってきたということであった。
だから、それまで付き合ってきた女性にはない。
「相思相愛」
という感覚を初めて味わったのだ。
しかし、あくまでも、二人の関係は、
「男が前面に出ていて、女性は三行半」
という感覚であった。
それが、
「松島にとって一番いい」
ということであり、
「どうして今まで、こんな関係になったことがなかったのか?」
と考えてみたが、考えてみれば、
「初恋の人がそうだったような気がする」
と感じたのだ。
ただ、離婚の時というのは、そううまくいったわけではなく、最終的には、調停離婚ということになったのだが、それも致し方がないといってもいいだろう。
そもそも、
「嫁の異変」
というものに気づいていなかったわけではない。
「おかしい」
と思いながらも、自分に都合がいいように解釈するということになったのだ。
というのは、
「ある時から、女房は何も言わなくなった」
ということで、それまでは、
「他の人とは会話がなくとも、家庭内ではいつも楽しそうにしていた」
ということであった。
つまりは、
「誰にも言えないようなことを、俺には話してくれたのだった」
ということであった。
しかし、
「さつきが急に話さなくなった」
ということで、本来であれば、
「緊急事態」
ということであっただろう。
しかし、それを、
「何かあれば、話をしてくれるはず」
ということで、それこそ、
「便りがないのがいい知らせ」
という言葉のようなものだと思っていた。
つまりは、
「都合よく考えてしまった」
ということである。
つまりは、都合のいい考えたとすることで、嫁の態度、ある意味での、
「SOS」
というものを、察知できなかったということになるのだ。
おかしいということは分かっていて、勝手な解釈をすることで、近づこうとしなかったというのは、
「逃げの態度だ」
といってもいいだろう。
「どうして、そういう解釈になったのか?」
というと、
「それまでのさつきは、他の人に言えないことを自分に言ってくれていた」
つまりは、
「この世で一番話しやすいのが俺なんだ」
と思っていたのだ。
しかし、実際に話をしてくれようともせず、そばにいるだけで、緊張感が込みあげてきて、
「この世で、一番話しにくい相手」
という感覚になったことで、
「逃げるしかない」
と考えてしまったのだろう。
何とか説得にいったりした。
その時にいう言葉としては、
「お前と一緒にいた時楽しかったじゃないか。その時のことを思い出せば、怒りも消えるだろう」
というような話し方しかしなかったのだ。
「どうして、そんなにひどい状態になったんだ?」
と聞いても何も言わない。
その時すでに、さつきは、我慢できなくなったのか、
「実家に帰ります」
という手紙と、離婚届の半分を埋めた状態で、テーブルの上に置いて、実家に帰ってしまったのだ。
もちろん、松島は慌てた。
確かに、おかしいとは思っていたが、実際に行動を起こされると、
「まったく予期せぬ出来事が起こった」
と思ってしまうのだった。
そのために、すべてが、
「青天のへきれき」
ということになってしまい、
「自分が悪い」
という感覚がマヒしていたのだ。
つまりは、
「何かを考えているのであれば、旦那に相談しないのが悪い」
ということであり、
「相談もしないのに、何勝手なことをしているんだ」
という思いが、怒りに変わるのだ。
だが、実際には、
「何も言わない間に、彼女は自分なりに必死に考えていて、実際に手紙と離婚届を置いて出ていった」
というのは、
「すでに考えは決まっている」
ということなのだろう。
実は、
「離婚する夫婦でこのパターンは結構多い」
ということであり、
「特に女は、自分の考えを決して相手には言わないので、男だけが取り残される」
ということが多いというのだ。
結局は、
「男が取り残された」
といえば聞こえがいいが、実際には、
「わかってやれなかったということが、命取りであり、最初から逃げようとしているのだから、二人は、まったく別の方向を向いていた」
ということになるのだ。
だから、
「それまでは、一番は自分だ」
という自惚れがあったが、実際に歯車が狂ってしまうと、
「一番会話が成り立たない」
というのが、本当は、夫婦間というものではないだろうか?
それを考えると、
「夫婦という絆を、勘違いしてしまうと、一度狂った歯車は、元には戻らない」
ということになる。
なんといっても、
「夫婦というのは、あくまでも他人なのだ」
ということである。
結婚したからといって、血のつながりというものができるわけではない。
分かり切っているつもりだったのに、実際はそうではない。
「結婚前や、恋愛期間中であれば、見えなかったものが、見えるようになってくる」
ということになると、
「どうして結婚なんかしたんだろう?」
と思う人もいるだろう。
だから、
「成田離婚」
というスピード離婚ができるのだ。
実際に、
「今だったら、取り返すことができる」
ということで、
「結婚という選択が。人生の間違いだった」
と考えれば、昔であれば、
「離婚などありえない」
という時代があった。
特に、
「媒酌人に許可を得る」
ということであったり、
「あれだけ祝福されて結婚したのに、まわりに合わせる顔がない」
ということだったりする。
もう一つ、リアルな問題として、
「戸籍が汚れる」
ということであった。
「今でこそ、バツイチなどという言葉は、そんなに悪くは言われない」
ということであるが、以前は、
「出戻り」
などというものは、
「実家に戻っても、まるで隔離するかのように、親が、恥ずかしいから、表に出なさんな」
というようなことを言ったりしたものだろう。
もっと言えば、
「早く、どこか嫁入り先を見つけて、他に追っ払わなければ」
とも考えていたのかも知れない。
もちろん、昔であれば、
「嫁いだ家で、嫁舅問題」
というのが勃発し、
「そこにいるのも、実家に戻るのも地獄」
ということがあっただろう。
だが、今の時代は、
「離婚すれば、嫁さんは実家に戻る」
ということも減ってきた。
そもそも共稼ぎをするということで、生活能力はあるといえるのだから、
「一人暮らし」
という人もたくさんいるだろう。
昔は、旦那が説得する時、
「お前は離婚して、一人でやっていけると思うのか?」
というのが、一つの殺し文句だったといってもいい。
しかし、それも、
「帰る実家はない」
という人には通用したことであろう。
今の時代は、男女ともに、
「バツイチは普通」
ということで、却って、ある程度の年齢の男女が、
「いまだ結婚歴がない」
ということの方が敬遠されるであろう。
なぜなら、
「結婚しないというのは、何か深い意味があるのではないか?」
と勘ぐられることになり。
「借金がある」
ということだったり、
「肉体的な欠陥がある」
ということであったり、
「同性愛者ではないか?」
とまで疑われていたものだ。
今の時代のように、
「結婚しない男女」
というものが多くなければ、どうしても、何かの欠陥というものを想像するのではないだろうか?
ただ、今の男女は、
「結婚というものにこだわっている」
というわけではなく、
「男女交際すら、昔とは変わってきている」
といってもいい。
特に、
「草食系男子」
という言われ方をしている男性は、
「合コン」
などで知り合っても、以前でいうところの、
「お持ち帰り」
というものをしない人も増えてきているという。
それこそ、
「男女間において、セックスというものですら。面倒くさいものだ」
という考えかたなのではないだろうか?
そもそも、
「離婚するくらいなら、結婚しなければいい」
そして、
「結婚しないのであれば、交際もしない方がいい」
そう考えると、
「男女関係というものが、面倒くさい」
という発想になっているということであろう。
そもそも、
「種の保存」
というのは、性欲というものから出てきているといってもいいのだろうが、生態的に、
「性欲」
というものが衰えているということであれば、
「離婚する」
ということも、
「必然的な動き」
といってもいいのかも知れない。
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