第2話 この世で一番好きな人

 実際には、前の会社でしていたことと、そこまで変わるわけではないが、中には、

「明らかに違う」

 ということもあった。

 経験者というのは、どうしても、前にしていたことが頭にあり、

「あれが、正解なんだ」

 と考える人もいるだろう。

 実際に、宣伝部に配属され、その中でも、また課が別れていた。

「デザイン」

 という観点で、製作するという、

「製作課」

 と、それを宣伝を売り込むという、

「宣伝営業課」

 というものであった。

 一応、どちらも経験があるということであるが、希望は、

「製作課」

 ということで、希望通りの配属になったのだ。

 しかし、3か月の研修期間ということ、その間、

「宣伝営業課」

 で、見習いとして先輩に同行したが、そこで思いもよらぬ、かつての営業相手に出くわすということは、ありがたいことであった。

 営業の先輩は、目を白黒させていたが、きっと、

「自分に対しての見方は変わっただろうな」

 と、松島は思った。

 なんといっても、前の会社で、

「大量リストラで、人員削減にあった」

 ということから、少なくとも、

「会社に不要な人材だ」

 と思われたと感じるからに違いない。

 それこそ、

「人は見かけによらない」

 といってもよく、少なくとも、部内では、

「見る目が変わるだろうな」

 ということで、悪い気はしなかったのだ。

 実際に、内勤の女性社員の目は明らかに変わった気がする。

 内勤といっても、デザイン関係の女の子たちであるが、年齢的には、30代前半くらいまでが多いように思う。

 女性に年齢を聞くわけにはいかないので、あくまでも、勘でしかないということだ。

 そもそも、


「女性の年齢など、分かるわけもない」

 と思っているので、実際には、

「新卒も30代前半くらいまでは、皆同じに見える」

 というくらいであった。

 特に女性というのは、

「化粧でいくらでも変わる」

 といってもいい。

「あっ、いや。これ以上は、セクハラになるからオフレコにすることにしよう」

 と考えたのだった。

 前の会社は、合併前というと、

「地元大手」

 ということで、新しく入った会社から比べれば、その規模は小さかった。

 もっといえば、

「この会社は、前の会社の合併前と合併後のちょうど中間くらいではないか?」

 ということで、実際には、

「一番やりやすい規模かも知れない」

 ということであった。

 前の会社の規模も、いやではなかったのだが、なんといっても、リストラされるほどに、会社が危機に陥るというのは、困りものだからである。

 だから、

「合併して大きくなった会社から、こちらに乗り換えてくれる」

 という会社が出てきたということは、それだけ、

「合併後の会社のやり方が、よほどひどい契約内容なのか?」

 ということなのか、

「本当に、自分という人間を見て」

 ということなのかは分からないが、少なくとも新しく入った会社で、前の得K業先の人と再会するというのも、偶然といえば偶然である。

 この偶然を、

「うまくいかせる」

 というのも、運かも知れないが、

「運も実力のうち」

 というではないか。

 それだけ、

「結果よければすべてよし」

 といっていいだろう。

 そのおかげもあってか、会社では、

「希望通りの宣伝部のデザイン関係」

 ということになったのだ。

 実際の研修期間が過ぎてから、正式に配属となったが、すでに、ポストとして、

「課長代理」

 というのが用意されていた。

 実際であれば、今までの転職者は、

「1年は経たないと、役職にはなれない」

 という決まりではないが、慣習のようなものがあったということであった。

 ただ、役職になれたのは、

「製作課」

 と、

「宣伝営業課」

 との兼任ということでの、

「課長代理」

 というポストだということであった。

 これに関しては、本人としても、異存があるわけではなかった。むしろ、

「宣伝営業に関しては。オブザーバーという形でいいですよね?」

 ということであった。

 というのは、すでに、宣伝営業部という部署には、課長代理が一人いるということだったからだ。

 これも、別に決まりではないが、同じポストの人を同じ部署にたくさん置かないというのが、この会社のやありかたということだったので、気になったまでのことであった。

 しかし、現職の課長代理としても、元々おとなしい人だったので、

「別に気にしない」

 ということであった。

 やはり、メインは、

「デザイン関係」

 だったのだ。

 この会社には、

「デザイナーのプロ」

 と呼ばれる人もいて、さすがに、今まで経験があるとはいえ、そんな人にかなうわけはないというわけであった。

 だが、相手は。まだポストは主任ということであり、少し立場的に難しいところではあった。

 それでも、宣伝部に配属された時、松島のことを最初から気にしてくれていて、時間がある時は、いろいろと会社の内情を教えてくれる女性社員がいたのだ。

 彼女は、後で聞いたところ、年齢は23歳で、高卒で入社してきたということであった。

 商業高校で、

「少しデザインをかじった」

 ということと、絵画が好きで、

「部活は美術部だった」

 ということで、適正から、そのまま、

「宣伝部への配属」

 ということになったようだ。

 もちろん、営業ではなく、デザインの方で、入社から5年くらいが経っているので、十分に、ベテランといってもいいだろう。

 彼女は名前を、

「桐生和子」

 という名前であった。

 桐生和子という女性は、配属されてからすぐに気になる女性だったといってもいい。

 しかし、

「なぜ、彼女のことが気になるのか、すぐには分からなかった」

 というのだ。

「一度も見たことがないはずなのに、なぜか懐かしく感じる」

 という、

「デジャブ現象」

 のようなものではないだろうか?

 確かに、今までにも、

「これがデジャブなのか?」

 ということを感じたことがあった。

 それは、あくまでも、

「風景であったり、絵画などの人間以外」

 というものであった。

 しかし、今回は人間に対して感じたということは、

「本当に自分にかかわりがある人なのかも知れない」

 と感じた。

 そもそも、松島という人物は、

「人の顔を覚えるのが苦手」

 ということであった。

「よくそれで。営業が務まるな」

 といわれるが、

「人の顔を覚えられないということを補って余りあるだけの、デザイン力が、相手に説得力を与える」

 ということであった。

 だからこそ、会社が分かっても、

「松島さんがいるのなら」

 ということで、

「いくら前の会社の態度が急変したかも知れない」

 と思ったとしても、

「決定的な説得力」

 というものを持っているとすれば、それが、本当の、

「営業力」

 というものではないだろうか。

 特に営業というのは、

「信用を売る」

 といわれているので、信用に値するものがなければ、誰が、話をしても、信用してくれるというものか?

 ということである。

 そういう意味で、松島のデザイン力は、定評があったといってもいいだろう。

 実際に、この会社に乗り換えた会社の営業の人が、松島の話をするときは、

「あの人のデザインは、斬新ですからね」

 ということであった。

 実際には、

「斬新に見えていて、実際には。シックな出来上がりで、そのあたりが、宣伝効果を倍増する」

 ということであった。

 あくまでも、

「向こうがクライアント」

 ということで、相手がいうことが、真実だといってもいいだろう。

 それを考えると、

「彼が、製作科に入ったのは、至極当たり前のことである」

 ということだ。

 桐生和子は、部署内では、確かに5年目というベテランであるが、年齢的にはまだまだ若手である、

「専門学校」

 であったり、

「大学卒業」

 ということであれば、それこそ、まだ新人に近いといってもいい。しかし、

「仕事ではベテラン」

 ということと、

「年齢的には若手」

 ということをうまく利用して、部署内で立ち回っていたのだ。

「イソップ寓話」

 というものの中に、

「卑怯なコウモリ」

 という話がある。

「鳥と獣が戦争をしていて、その場に立ち入ってしまったコウモリは、鳥に対しては、自分は羽があるから鳥だといい、獣に対しては、体毛があるから、獣だといって、うまく立ち回っていた」

 という話である。

 しかし、戦争が終わって、鳥と獣が和解すれば、その時にコウモリのことが問題となり。コウモリを卑怯だということで、村八分とし、結局コウモリは、他のどの生物の前にも出ないように。

「洞窟で暮らすようになり、夜行性で、行動は夜しかしなくなった」

 ということであった。

 しかし、イソップ寓話においては、

「卑怯なコウモリ」

 といわれているが、実際には、コウモリの行動は、

「生き残るために必死な行動」

 ということで、

「戦略」

 ということで、

「その方法は正しい」

 ということになるという考えかたもある。

 そもそも、

「寓話」

 であったり、

「おとぎ話」

 などのたぐいは、

「考え方を変えれば、どちらとも取れる」

 というものもあり、特に、

「浦島太郎」

 などの話のように、

「実際に、學校などで習うお話は、途中で止まっていて。本当は、続編というものがあるのだ」

 というのが多かったりする。

 例えば浦島太郎という話であれば、

「カメを助けて竜宮城に行く」

 ということで、

「いいことをした」

 というはずの浦島太郎が、最後には、

「玉手箱を開けて、おじいさんになる」

 というのが、おかしいというのだ。

 つまり、

「いいことをしたのに、最後はひどい目に遭うというのは、おとぎ話の精神に反する」

 といってもいいだろう。

 そもそもは、

「2,3日しか滞在していないのに、実は地表では、数百年が経っていた」

 という竜宮城に、

「お礼」

 ということで連れていくことがおかしなことだといえるのではないだろうか。

 この話は、実は

「乙姫様のわがまま」

 ということで、最後にはハッピーエンドになるのだが、それを考えると、

「竜宮城に連れてくる」

 というのも、最初から、

「乙姫様のわがままだった」

 ということではないだろうか?

 つまり、

「乙姫様が、浦島太郎という男に惚れて、自分のものにしたい」

 ということからすべてをたくらんだと考えると、

「理屈には合う」

 ということである。

 ただ、

「どうして、陸に上がって結ばれることになるのか?」

 ということであるが、それこそ、

「竜宮城の掟か何かがあって。絶対に地上の人間と、海底人、つまりは、竜宮城の住民とでは一緒になれない」

 ということであれば、

「何かの策を弄するしかない」

 ということで、

「こんな面倒くさいことをした」

 といってもいいかも知れない。

 ただ、これが、神話の話で、

「神というものが絡んでいる」

 という場合であれば、

「人間というものは、あくまでも、神が作ったものであり、神によって支配される」

 と考えると、

「竜宮城の人たちは神ではないか?」

 ともいえるわけで、

「ギリシャ神話」

 というものにおける

「オリンポスの神々」

 というのは、神でありながら、

「これ以上、人間臭いものはない」

 というほど、

「嫉妬や妬みの塊だ」

 といっておいいだろう。

 それを考えると、

「竜宮城の乙姫様」

 という神が、

「嫉妬と妬みの塊だった」

 といっても無理もないということではないだろうか。

 そういう意味で、

「浦島太郎という話も、捉えよう」

 あるいは、

「どこで区切るか?」

 ということで、

「いい話にも悪い話にもなる」

 といってもいいだろう。

 両面を持った話ということで、

「卑怯なコウモリ」

 というのも、見方によっては、

「生き残るための、戦略家」

 ということで、

「手本とされる」

 といってもいいかも知れない。

 ただ、この考えかたが、それこそ、古代から受け継がれているものだと考えると、

「全世界を駆け巡る」

 ということで、

「ヨーロッパと、アジアから見ても極東といわれる日本で、似たような話がある」

 というのも、面白いことである、

 そんな、

「裏表」

 というのは、

「メリットやデメリット」

 ということになるということから、

「実は、デザインにも、裏表がある」

 と考えるのであった。

 それによって、いろいろ錯覚というものが見えて、

「錯視」

 というものがデザインを作るといってもいいだろう。

 会社に入って、自分の中でどこか違和感があった。

「忘れてしまった何かを思い出した」

 といってもいいかも知れないのだが、それが、何なのか分からなかったが、その違和感は、

「決して悪いものではない」

 といえるものではないだろうか。

「心地よさ」

 と、

「なつかしさ」

 というものが入り混じったかのような感覚があり、

「心のどこかに、余裕のものがある」

 ということになる。

 きっと、この余裕というものが、なつかしさというものを運んでくると感じさせるのであろう。

 それは、結果として、

「若い時のことを思い出した」

 ということである。

 実際には、その後の人生を知っているのだから、若い時の感覚というものが、よみがえってきても、自分が実際に年を取ったという思いから、どうしても、慎重になり、年齢が却って災いすることから、

「20代の感覚は戻っているのに、戻り切れない」

 という感覚になり、それが、

「慎重な思いを抱かせ、実際に若い頃のように、手放しで、喜べない」

 ということになるだろう。

 しかし、実際には、その後の人生を分かっているということで、その人生が、

「いい悪いにかかわらず」

 分かっているというだけで、どこか安心感というものがあるのだ。

 それが、

「気持ちの中の余裕」

 というものを感じさせるのであって、

 人生において、

「何度か感じるであろう心の余裕」

 というものを、40過ぎの中年と呼ばれる年齢になって、少し分かってきたような気がする。

「不惑の世代」

 ということで、40代というと、

「惑わない」

 といわれるが、今ではなかなかそうもいかない。

 昔であれば、

「寿命が70代」

 といわれていた時代ということであれば、

「人生の折り返し」

 ということであるが、今の時代の、

「少子高齢化」

 と呼ばれる時代であれば、決して、

「人生の折り返し」

 ということではない。それこそ、

「まだまだ、これから」

 ということになるだろう。

 何しろ今は、

「人生、100歳時代」

 と呼ばれ、しかも、政府などのいっていることは、

「年金制度は崩壊するから、死ぬまで働け」

 という、

「とんでもない世の中になってきた」

 ともいえるだろう。

 ただ、実際に、

「まだまだ若い」

 ということは間違いのないことで、今の時代でも、40代というと、

「一番の働き盛りで、油が乗っている」

 とも言われる年代といえるだろう。

 しかも、昭和の頃とかなりちがった人生が、今の時代ではある。

 なんといっても、

「結婚しない人が増えた」

 ということが、その例ではないだろうか。

 当然、結婚しないのだから、子供ができるわけもなく、

「少子高齢化」

 というのが当たり前ということになるのだ。

 そもそも、結婚しているという人であっても、

「子供を作らない」

 という人が結構いる。

 というのも、

「子供を作っても、共稼ぎなので、親が見てくれるという保証がなければ、保育園や託児所に預ける」

 ということになる。

 そうなると、

「託児所」

 であっても、

「保育園」

 出会っても、預かってもらうのにお金がかかるというわけで、共稼ぎをして、託児所の費用を払うことを考えると、

「とてもではないが、賄えない」

 と思う人もいるだろう。

 それだけではなく、実際に預けようと思っても、

「託児所が空いていない」

 などという、

「待機児童」

 と呼ばれるものが増えている状況で、

「共稼ぎもできない」

 ということになる。

 しかも、昔のように、

「子供を一人前に育てれば、子供が親の面倒を見てくれる」

 などということはありえない。

 たぶん、今の子供が成長した頃には、

「年金制度」

 というものは崩壊していて、そうなると、

「若いうちに、自分で年金をためておく」

 という時代が来る。

 そうなると、

「子供がお金を貯める」

 ということで、親の面倒どころか、

「子供にとって、これ以降の生活や、老後がまったく見えてこない」

 ということで、

「親どころではない」

 ということになる。

 つまり、

「子供頼ることはできない」

 ということだ。

 そもそも、昭和の頃に定年を迎えた人は、一部には

「夫婦で世界一周」

 などという、

「悠々自適な老後」

 というものが待っているという時代だった。

 しかし、それも、

「バブル崩壊」

 とともに、社会というものが、まったく変わってしまったということで、

「人生に余裕などない」

 という、

「世知辛い世の中になった」

 といってもいいだろう。

 しかし、人生というもの、必ずしも、

「悪いことばかりではない」

 というもので、

「結果的に、最悪だった」

 ということであっても、その過程において、

「少しはいいこともあった」

 といってもいいのではないだろうか?

 それを考えると、

「思い出した記憶」

 ということで、

「会社にいる事務員の女の子が気になっている」

 ということであった。

 その女の子というのは、自分が今までに付き合った女性というものの中で、

「一番好きだった相手」

 の面影をしっかり残しているということであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る