第八話 休息

リナスの里に、柔らかな朝の光が差し込んでいた。 昨夜、クロウが消えた後の部屋で一睡もできなかったアルトは、重い瞼をこすりながら広場へと向かった。そこには、すでに復興のために立ち働く村人たちの活気ある声が響いていた。


「おーい、アルト! 無事だったか!」


聞き覚えのある景気のいい声に振り返ると、そこには荷馬車を引いたレオンがいた。


「レオン? なぜここに……街に残るんじゃなかったのか?」


「水臭いこと言うなよ。商売敵が魔王軍に邪魔されてるって聞いてな、様子を見に来たついでに、里に足りない物資を運び込んできたんだ。ほら、これを見ろよ」


レオンが馬車の荷台を叩くと、そこには溢れんばかりの食料や建材、そして子供たちのための毛布が積まれていた。


「レオン、お前……」


「へへ、言っただろ? 商人は損得勘定が大事なんだ。ここで恩を売っておけば、将来この里が復興した時に、俺が独占的に商売できるからな」


そう言ってニカッと笑うレオンだったが、その手はすでに村の女衆に重い食料の袋を無償で手渡していた。


「お兄ちゃん! レオンさんが美味しいお菓子をくれたよ!」

トビーが駆け寄ってきて、レオンからもらったという焼き菓子をアルトに差し出した。


「ほら、アルトも食えよ。徹夜明けみたいな顔してるぜ」


レオンに促され、アルトは焚き火のそばに腰を下ろした。 里の女性たちが作ってくれた温かいスープと、レオンが持ってきた新鮮な林檎。昨夜までの死闘が嘘のような、穏やかな時間が流れる。


「……美味いな」


「だろ? オークヘブン一番のパン屋から仕入れてきたんだ」


レオンはアルトの隣にどっかと座り、自分も林檎を丸かじりした。


「で、どうだった? 噂の四天王様には会えたのか?」


アルトはスープを啜りながら、昨夜の出来事を話した。

バルガンの部下を退けたこと、そして深夜に現れた影の少女、クロウのこと。

レオンは林檎を噛み砕く手を止め、真剣な顔で頷いた。


「……クロウが自分から名乗ったか。そいつは驚きだ。普通、あいつに遭った奴は名を聞く前に消されるって話だからな」


「俺も殺されると思った。でも、彼女はただ見ていただけだったんだ」


「お前に興味を持ったのか、あるいは……。まあ、今は考えすぎるな。せっかくの朝飯が不味くなるぜ」


レオンはアルトの肩をバシバシと叩いた。


「そうだアルト。これをお前にやるよ」


レオンが懐から取り出したのは、小さな銀色の鈴がついたお守りだった。


「商人の守り神の加護がある石だ。幻覚や影の魔力を少しだけ和らげてくれるらしい。……安かねえんだぞ、出世払いで頼むわ」


アルトはそのお守りを受け取り、指先で転がした。チリン、と澄んだ音が鳴る。

クロウが残していった冷たい空気とは正反対の、レオンらしい温かみのある贈り物だった。


「ありがとう、レオン。助かるよ」


「よせやい、照れるだろ」


二人が笑い合っていると、里の子供たちが集まってきた。


「ねえ、剣士様! 剣の使い方、教えてよ!」

「レオンさん! もっと面白い話して!」


復興作業の合間、アルトは子供たちに木の枝で剣の基本を教え、レオンは各地を旅した時の大げさな失敗談を語り、広場には笑い声が絶えなかった。

昨夜、クロウが言った「光があればあるほど、影は濃くなる」という言葉。

もしそれが本当だとしても、今この瞬間の温かな光を、アルトは守り抜きたいと強く思った。


「……さて、そろそろ行くか」


日が中天に差し掛かる頃、アルトは腰を上げた。


「ああ。俺もしばらくはこの里に腰を据えて、復興の指揮を執るよ。商人のネットワークを使って、腕のいい大工も呼んでやるさ」


レオンは馬車の御者席に座り、アルトを見送る準備を整えた。


「アルト、死ぬんじゃねえぞ。お前が死んだら、このお守りの代金、誰に請求すればいいか分からなくなるからな」


「分かってる。利子をつけて返せるように頑張るよ」


村の入り口まで、トビーや長老、そして多くの村人たちがついてきた。

「お兄ちゃん、またね!」 「アルト様、ご武運を!」


アルトは一度だけ振り返り、高く手を挙げた。

胸元のお守りがチリンと鳴り、彼の背中を優しく押す。

北の空は相変わらず不気味な雲に覆われているが、アルトの足取りは驚くほど軽かった。


守るべき友がいて、待っている人がいる。

その温かさを胸に秘め、アルトは再び、漆黒の森の中へと足を踏み入れた。

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