第六話 襲撃

オークヘブンを発ち、北へと続く街道を歩き続けたアルトは、日没を前に「リナスの里」という小さな村に辿り着いた。


「すみません、一晩泊めていただける場所を探しているのですが」


村の入り口で出会った老齢の長老に尋ねると、彼は少し怯えた様子を見せながらも、空いている納屋を貸してくれた。


「旅の剣士様、夜は決して外に出ないでくだされ。最近、北の前線を統括する四天王バルガン様の配下たちが山を降りてきて、夜な夜な村を荒らしているのです」

「四天王バルガンの部下たちが……。村の守備隊はいないのですか?」

「お恥ずかしい話、農具を武器にしただけの我らでは、魔王軍の精鋭には太刀打ちできませぬ。逆らえば皆殺し、従えば略奪……。今はただ、嵐が過ぎるのを待つ日々です」


その夜、アルトは提供された納屋の藁の上で、剣を抱きかかえるようにして横になっていた。 外では、時折風が木々を揺らす音と、遠くで家畜が怯えたように鳴く声だけが聞こえる。しかし、アルトの直感が警鐘を鳴らしていた。


深夜。不自然な静寂が村を包んだ瞬間、アルトは目を見開いた。


「……来たか」


直後、鋭い悲鳴が夜の闇を切り裂いた。


「火事だ! 逃げろ、魔王軍の襲撃だ!」


アルトは一気に跳ね起き、納屋の扉を蹴破るようにして外へ飛び出した。 視界に飛び込んできたのは、赤々と燃え上がる村の家々。そして、闇の中から現れた黒い鎧の兵士たちだった。


「ひゃはは! 逃げ惑え、人間ども! バルガン様の鋼鉄兵団に楯突く愚かさを思い知れ!」

「……汚い真似を」


アルトは低く呟き、逃げ遅れた親子の前に立ちはだかる兵士へと突進した。


「死ねっ、ガキが!」


兵士が剣を振り下ろす。だが、アルトの抜刀の方が遥かに速かった。


「がっ……あ……!?」


首元を一閃され、兵士が崩れ落ちる。アルトは呆然とする母親に鋭く告げた。


「長老の家の裏に森へ続く隠し道があるはずだ! 住民を集めてそこへ逃げろ!」

「あ、ありがとうございます……! でも、あなたは!?」

「俺は、こいつらの相手をしてから行く。早く!」


母親が子供を抱えて走り去るのを見届け、アルトは村の中央広場へと向かった。そこには十数名の歩兵と、それらを率いる小隊長らしき大男が立っていた。


「ほう、この村に牙のある野良犬が紛れ込んでいたか。バルガン様への献上品の邪魔をするな」


小隊長が巨大な棍棒を肩に担ぎ、鼻で笑った。


「野良犬じゃない。お前たちの不手際を掃除しに来た剣士だ」

「抜かせ! 野郎ども、そいつを細切れにして森の肥やしにしてやれ!」


四方から同時に襲いかかる兵士たち。アルトは冷静に敵の呼吸を読んだ。


「一、二……三」


円を描くような足捌きで敵の剣をいなし、その勢いを利用して三人同時に斬り伏せる。


「なっ……なんだと!? 貴様、ただの旅人じゃないな!」

「質問に答える義理はない。村から手を引くか、ここで全員沈むか。選べ」

「ふざけるな! 魔法兵、そいつを焼き殺せ!」


後方の魔道士が杖を掲げ、巨大な火球を練り上げる。


「逃がさない!」


アルトは火球が放たれる瞬間、自らその熱波の中へと飛び込んだ。


「死に急いだか!」


魔道士が勝ち誇ったように叫ぶ。だが、煙の中から現れたのは、傷一つないアルトの姿だった。


「……そんな、物理攻撃で魔法を斬ったというのか!?」

「驚くのが遅い」


アルトの剣が魔道士の胸を貫いた。


「この野郎……!」


小隊長が激昂し、棍棒を振り回しながら突っ込んでくる。


「バルガン様がおっしゃっていたぞ、北を嗅ぎまわるネズミを処刑しろとな! 貴様がそのネズミか!」

「バルガンはどこにいる。奴が直々に来ればよかったものを」


アルトは小隊長の重い一撃を、あえて真っ向から剣の腹で受け止めた。金属同士が擦れ合い、火花が夜の闇を照らす。


「四天王様が貴様のような小僧を相手にするか! このまま押し潰してやる!」

「力任せな攻撃だな。師匠の教えを思い出せば、お前なんて止まって見える」


アルトは瞬時に力を抜き、重心を崩した小隊長の懐へと潜り込んだ。


「終わりだ」


顎下から突き上げられた斬撃が、小隊長の巨体を仰向けにひっくり返した。


残った兵士たちは、リーダーが倒されたことに恐怖し、蜘蛛の子を散らすように森の闇へと逃げ去っていった。 アルトは追わなかった。今は火を消し、住民の安否を確認するのが最優先だ。


夜が明ける頃、村の火はほぼ消し止められていた。 幸い、アルトが早期に介入したおかげで、大きな怪我人は出なかった。だが、多くの家が焼け、村人たちは疲れ果てた様子で広場に集まっている。


「……剣士様、本当に、本当にありがとうございました。バルガン様の兵をこれほどまで退けるとは……」 長老が涙を浮かべながら、アルトの手を握った。

「宿を貸していただいたお礼です。それより、皆さんの無事を確認できてよかった」


アルトはそう言いながら、自分も瓦礫の撤去や家財の運び出しを手伝い始めた。 作業が一段落した昼下がり、長老の家の焼け残った縁側で、アルトは長老から詳しい話を聞くことにした。


「長老。四天王バルガンについては、何か具体的に知っていることはありませんか?」


長老は深く溜息をつき、遠く北の連峰を見つめた。


「バルガン様は、この北の地を統べる鋼鉄の城の主……。情け容赦のないお方です。ですが、最近はバルガン様だけでなく、他の四天王の影もちらついていると旅の商人から聞き及んでおります

「他の四天王……クロウやミスティア、セラフィードですね」

「左様でございます。特に、影に紛れるという少女クロウの話は恐ろしい。気づかぬうちに背後に立ち、声を出す暇もなく命を刈り取るとか……。昨晩、あなたが守ってくださらねば、この村も影に飲み込まれていたことでしょう」


戦火に包まれたリナスの里にも、ようやく静寂が戻った。 アルトは村人たちと共に瓦礫を片付け、怪我人の手当てを手伝い、日が完全に落ちるまで働き通した。

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