第五話 四天王
次の街、オークヘブンに到着した。
街の門をくぐると、石畳の通りには活気があふれていた。
露店の呼び声、鉄の鍛冶屋の火花、旅人や商人の談笑……。
古い城壁に囲まれたこの街は、北の魔王軍の動きが活発化しているにもかかわらず、どこか日常の安らぎを保っているようだった。
通りの角を曲がると、香辛料や焼き肉の匂いが混ざり、夜になる前の賑わいを感じさせた。
子供たちが追いかけっこをし、老人たちは腰かけて静かに談笑する。
街の一角には古い鐘楼があり、時間を告げる鐘の音が、通りに反響していた。
レオンは商売の用事を済ませるために街の中心部へ向かい、
アルトは情報を集めるべく、人々の集まる広場や酒場へ足を運んだ。
「魔王軍の動きは?」
アルトは最初に立ち寄った酒場の、少し怪しげな中年の情報屋に尋ねた。
「北の方で活発になってるらしいぞ。
前線では狂戦士の四天王、バルガンが指揮をしているとか」
「やはりバルガンか……」
「それだけじゃない。影の四天王、クロウも最近目撃されているらしい」
クロウ――師匠から名前だけを聞いたことがある。暗殺者で影を操る者、そして四天王の一人。
「どんな奴なんだ?」
「詳しくは分からんが……小柄な少女だと聞いたな」
少女?
アルトは首を傾げた。四天王が少女だというのか。
「まあ、見た目で判断するなってことだな」
情報屋は軽く笑い、さらに囁くように続けた。
「でも気をつけろ、奴は誰にも気づかれずに忍び寄る。影に紛れるんだ……」
街を歩きながら、別の商人からさらに耳寄りな情報を耳にした。
「幻惑の四天王、ミスティアの話を聞いたことあるか?」
「幻惑……?」
「妖艶な女性で、魔道士らしい。姿を現すことは少ないが、魔法で敵を惑わせ、混乱させるとか……」
アルトは軽く息を飲んだ。
「影を操る少女、そして幻惑の魔道士……。魔王軍は本当に手強いな」
さらに別の噂も耳にした。
「それに……断罪の四天王、セラフィードってのもいるらしいぞ」
「断罪……?」
「騎士だとかで、いつも顔を隠してるらしい。正義ぶって動くが、容赦はしないって話だ」
アルトの胸に、小さな不安が重くのしかかった。
影を操る少女、幻惑の魔道士、顔を隠した騎士……。
「北の前線に出るなら、奴らのどれかには必ず遭遇する……」
街を歩きながら、アルトはさまざまな噂を耳にした。
「北の森で村を襲った魔物は、バルガンの率いる部隊らしい」
「紫の瞳の少女って話だが、見た者は誰も助かっていないそうだ」
「幻惑のミスティアにかかった村人が、何日も幻覚で動けなかったって話もある」
「セラフィードに出くわした奴は、顔が見えぬまま叩き伏せられたらしい……」
断片的な情報の中に、確かな緊張が漂っていた。
アルトは耳を澄ましながら、城壁や街灯の影に目を配った。
北の前線で何が起きているのか。クロウの影はどこまで及んでいるのか。
ミスティアはどんな幻術を巡らせているのか。
セラフィードの剣はどんな速度で振るわれるのか。
夕暮れ、宿屋に戻った二人。
外はオークヘブンの灯火が揺れるだけで、風に混ざる物音は街のざわめき程度だった。アルトは剣を手入れしながら、今日得た情報を整理していた。
「北の前線……バルガン、クロウ、ミスティア、そしてセラフィード……」
思い出すだけで、師匠の言葉が脳裏に浮かぶ。
『油断するな。影に潜む者は、見た目で判断できぬ』
その夜、二人は宿屋の小さな食堂で軽く食事を済ませた。
「アルト、ここで一度別れるかもしれないな」
レオンは箸を置き、少し真剣な顔をして言った。
「……俺が北へ行く間、お前はどうする?」
アルトは問い返す。
「俺は街に残って、商売と情報網を維持する。お前が戻るまで、街の安全も俺が守る」
レオンの笑顔はいつもの軽さの中に、ほんの少しの覚悟が混ざっていた。
アルトは少し考えたあと、静かに言った。
「分かった。じゃあ……また戻ったら、一緒に飲もうな」
レオンは頷き、言葉には出さないが、二人で過ごした旅の日々や、互いに助け合ってきた記憶が心を満たした。
外では夕暮れの光が街をオレンジ色に染め、風が石畳をさらさらと滑った。
二人はそれぞれの宿に戻り、明日からの行動に備えるのだった。
アルトが窓の外に目をやると――気配。小さく、冷たい何かが近づく感覚。
アルトは静かに剣を手に取り、窓に近づく。
屋根の上に立つ人影。小さな少女。漆黒の髪、黒い服、そして……紫色の瞳。
無表情の顔が一瞬こちらを見た。
そして、影の中に消えた。
アルトは窓を開け、外を見渡す。しかし、もう誰もいない。
「今のは……」
クロウ――影の四天王、クロウだったのだろうか。
もしそうなら、なぜ襲ってこなかったのか。
アルトは眠れぬ夜を過ごした。
夜が深まるにつれ、風は冷たく街を吹き抜ける。
屋根の隙間から忍び寄る影、壁に揺れるランタンの明かり。
影はどこにでも潜む。
紫の瞳が、静かにアルトを見つめているかのように感じられた。
アルトは胸の奥で決意を固めた。
「……必ず、奴らを倒す」
その誓いが、静かな夜の空気に溶ける。
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