第四話 護衛依頼
森を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
うっそうとした木々の壁が途切れ、踏み固められた街道が遠くまで伸びている。
三年ぶりの人里だった。
土の道には、馬車の轍が何本も刻まれ、行き交う人々の足音が絶えない。
風に乗って、話し声や笑い声が耳に届く。
――生きている世界だ。
アルトは、胸の奥が微かにざわつくのを感じながら、最寄りの街――リバーサイドへと向かった。
街に近づくにつれ、活気はさらに増していく。
商人たちは大声で客を呼び込み、露店には人だかりができていた。
子どもたちが石畳の上を駆け回り、母親に叱られては笑って逃げていく。
平和な光景。
かつて、自分の村にもあった日常。
何気なく、当たり前で、失うまで価値に気づかなかったもの。
アルトは、ふと足を止めた。
――この平和は、永遠じゃない。
魔王軍は、今も世界を侵略し続けている。
この街も、いつかは――。
思考を振り払うように、アルトは酒場の扉を押し開けた。
昼間だというのに、中は薄暗い。
酒と汗、木の匂いが混ざり合い、独特の空気を作っている。
カウンターに近づき、アルトは静かに声をかけた。
「すみません。この辺りで、魔王軍の動きはありますか?」
バーテンダーは一瞬、手を止め、周囲を見回した後、低い声で答えた。
「ああ……東の方だ。つい先日、村が一つ襲われた」
「四天王が出たって噂だ」
「……誰が」
「狂戦士の四天王、バルガン」
その名を聞いた瞬間、アルトの指先に力がこもった。
無意識のうちに、拳を握りしめていた。
「バルガン……」
胸の奥に、黒い炎が灯る。
怒り、憎しみ、そして失われたものへの想い。
「兄ちゃん、その名前に反応するってことは……」
隣の席から、気さくな声がかかった。
赤毛の青年が、酒を片手にこちらを見ている。
「知り合いか?」
「……いや」
アルトは短く答えた。
「そうか。ま、無理に聞かねえ」
青年は肩をすくめて笑う。
「俺はレオン。旅の商人だ」
「アルトだ」
「アルトか。いい名前だな」
レオンの視線が、アルトの腰に下げられた剣に移った。
「それにしても、いい剣を持ってる。体つきも鍛えられてるし……剣士だろ?」
「一応な」
「なら、頼みがある」
レオンは少し声を落とした。
「次の街まで護衛してくれないか? 途中に魔物が出る森があってな」
アルトは少しだけ考えた。
旅に出た以上、金も情報も必要だ。
「分かった」
「助かる」
レオンは安堵したように息を吐く。
「報酬は、飯と寝床、それに銀貨十枚。どうだ?」
「十分だ」
「よし! 明日の朝、出発だ!」
こうして、アルトは旅に出てから初めての仕事を引き受けた。
翌朝。
街の門を抜け、二人は街道を進んでいた。
レオンの荷馬車には、布や保存食、日用品がぎっしり積まれている。
「最近はどこも物騒でな」
レオンが手綱を操りながら言う。
「魔物が増えた。魔王軍の影響だろう」
「ああ」
森が近づくにつれ、空気が変わった。
鳥の声が減り、風の音だけが響く。
「ここからが危険地帯だ」
レオンは表情を引き締めた。
「頼んだぞ、アルト」
「任せろ」
アルトは剣に手をかけ、周囲に意識を巡らせる。
その時――
茂みが揺れ、低い唸り声が響いた。
「来る」
狼のような魔物が、三体。
赤い目が、獲物を射抜く。
「レオン、下がれ!」
アルトは一歩、前に出た。
呼吸を整える。
――力に頼るな。相手を見ろ。
師の教えが、自然と脳裏に浮かぶ。最初に動いたのは左の一体。
アルトは半歩踏み込み、剣を走らせた。
一閃。
鋭い感触と共に、魔物が地に伏す。
二体目が跳びかかる。アルトは体を捻り、横薙ぎに斬り払った。
残る一体が、レオンの方を見た。
――守る。
その想いが、身体を動かした。
一瞬で距離を詰め、剣を振る。
魔物は悲鳴を上げることなく、崩れ落ちた。森に、静寂が戻る。
「……すげえ」
レオンが呆然と呟いた。
「本物の剣士だな。どこでそんな腕を?」
「剣聖グレイヴの元で、三年」
「剣聖!?」
レオンの目が見開かれる。
「なら、魔王も――」
「分からない」
アルトは静かに首を振った。
「でも、必ず立ち向かう」
「復讐か?」
「……ああ」
一瞬の沈黙。
「辛かったんだな」
レオンは、真剣な声で言った。
アルトは、驚いて彼を見た。
「仲間だろ?」
レオンは笑う。
「旅は一人より、二人だ」
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
気づけば、アルトは笑っていた。
三年ぶりの、本当の笑顔だった。
「ありがとう、レオン」
「おう! よろしくな!」
こうして、アルトは――
旅の中で、初めての仲間を得た。
焚き火を囲み、二人は簡素な夕食を取っていた。
揺れる炎を眺めながら、アルトは静かに剣を磨く。
この剣は、復讐のためだけに振るうものだと思っていた。
だが今日、レオンを守るために抜いた刃は、不思議と迷いがなかった。
「なあ、アルト」
レオンの声に顔を上げる。
「明日も、頼りにしてるぜ」
その言葉に、アルトは小さく頷いた。
守るべきものは、もう失ったと思っていた。
それでも、人はまた誰かを守ることができる。
焚き火の向こうで、夜の森が静かに息づいていた。
アルトは剣を鞘に収め、これから続く旅路を、静かに見据えた。
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