2

あの時。

……そうだ、イヴリがレギアスに転移してしまった時だ。なにがあったか細かい記憶はもう曖昧だ……あれこれ詰め込みすぎたせいかもしれないね。


だから、記憶を呼び起こすためにスアの話を聞くことにしよう。

僕が視線を向けると、スアは首から下げた十字架を握りしめ、少し震える声で話してくれる。


「知らない人に銃を向けられていたところを、イヴリとルーナが助けてくれたんです。発砲の瞬間に間に入って──」

「そうなんだ。スアに怪我がなくてよかったね。……その先はわかるかな?」


スアは俯いて黙ってしまった。ルーナに回収されてこのままここに帰ってきたんだろうね。わからないのは仕方がない。


話をまとめると、イヴリはスアを助けるために間に入った。そして、イヴリの相棒……ルーナはスアを救出して拠点に連れ帰った。

内容自体はシンプルだ。でも、イヴリの行方とは別に、もうひとつ厄介な問題が浮かんできた。

それは、銃を扱う人間が行動範囲にいること。子供を狙うくらいだし、大人数で動いているわけではないと思う。組織的なものなのか、単独、少人数なのか、そこはまだ判断できないな。……ここに近づいてきたら知らない人間の魔力で気づけるし、先手を打てば済む話だ。そもそも、ドラゴンの群れがくっついているような民族に少人数で攻め込むような頭の足りない人間はいない……はず。


「そんな顔しないで。大丈夫だよ。スアが怪我なく帰れてよかった」

「でも……」

「イヴリならきっと大丈夫。それに、これはイヴリの判断なんだから」


イヴリの身に何が起こったのか僕にはわからないけれど、どこに行ったのかは今の僕にはわかる。間に入ったイヴリは、転移魔法を使って場を離れた。彼の転移魔法はめちゃくちゃだから、きっと魔法に込める魔力が多すぎて、ずいぶん遠くに飛んでしまったんだろうね……。

そういえば、イヴリが僕に異世界に行けるような転移魔法がないかと聞いてきたのはこの頃だったような気がする。……ううん、今はそれを考えても仕方がない。


彼がどこに行ったかはわかるけれど、詳細な場所はわからない。

レギアス……帝国だっけ。あそこはなかなか面倒な国なんだ。


──レギアス帝国。空を飛ぶ乗り物を発明した国。島国だったかな。


一般人が魔法を使うことを禁止されて以来、魔法の文化は廃れてしまっている。その代わりに、魔力が込められた石や、それを溶かして濃縮した液体(それを彼らは燃料と呼んでいる)を使って、鉄で作った乗り物を動かす技術を発展させている。煙と変な油のにおいが漂う国。

海沿いには港と造船所、あとは空を飛ぶ乗り物を作る工場が建ち並んでいて……なんだか周囲に喧嘩を売っているような物々しさがあるんだ。

国内で少しでも魔法を使うようなら、暇を持て余した警察たちが寄ってたかってリンチにして、それから牢獄に放り込む。


……から、詳細な場所を知らないと面倒なことになってしまうんだ。

レギアスは、僕が転移魔法を使っても、距離感が狂ってしまうくらいに遠いんだ。ものすごく遠いから、転移するにもかなりの魔力を消費してしまうし。

だから、そんな状態でまずい場所に転移してしまうとイヴリを助けるどころの話じゃなくなってしまうよね。



スアとの会話に話を戻そう。


「それに安心して。ルーナの耳飾りでイヴリの居場所は大体わかるはずだし、わかったら僕がサクッと迎えに行くだけさ。イージーでしょう?」


僕はルーナに目を合わせる。

ルーナは僕のことが嫌いだ。なぜかはわからないけれど……普段あからさまに嫌そうな態度を取られるんだよね。

でも、今はきみのパートナーが大変なんだよ。それはわかっているはず。だって今僕と目を合わせてくれているもの。

僕を信じて、ルーナ。


「だから、ね?ルーナ。耳飾り、見せてもらってもいい──」


がぶり。


痛い。とても痛い。鋭い歯が頭に刺さってる。

本当に痛い。血が出てる。自然と痛いって声を出しちゃった。

……そうだ、思い出した。これ、前も噛まれた。今回は大丈夫にはならなかった。

これ、イヴリの件よりも僕への嫌悪が勝っているという判断でいいのかな。自分本位すぎない?このドラゴン……。


「ガブは痛いよルーナ……」


指を鳴らして傷を癒す。心の傷も治せたらいいのにと思ったけれど、この件に関しては全く心にダメージは負っていない。

僕はルーナに訴える。


「きみの耳飾りに触れないと、イヴリがどこにいるかわからないんだよ」

「ルーナ、僕からもお願いだよ」


そっぽを向くルーナに、スアもお願いしてくれる。彼のお願いなら聞いてくれるかもしれない。


「イヴリが飛んでっちゃった場所、知りたいんだよ」


再びそっぽを向くルーナ。スアでも駄目だったみたいだ。



……さて、それならどうしようか。

以前はどうやったかな。


……。



なんとか頼んで耳飾りを貸してもらったんだっけ……?

それで、タイミングが最悪な時に転移してしまって、僕の魔力がレギアスの魔力感知器に反応して……珍しくイヴリにめちゃくちゃ怒られた、気がする。

じゃあルーナと交渉するのはよくないかな……。もしくはタイミングをずらすのも……結局国内にいるなら同じか。

安全そうなルートを考えている間にも時間は過ぎていく。レギアスのことを知らないイヴリが「とりあえず」で動くのも時間の問題かもしれない。彼は危険なことに関していい加減なところがある。言い変えると「勇敢」という意味にはならないタイフの、危険なことに対しての麻痺だよ。それを人は「無謀」っていうんだ。

ただ、僕もなかなかいい考えが浮かばない訳で……。


「ルーナだって心配なくせに!!手伝ってよ!!」


突然スアの大きな声が耳に届いて思考をストップする。どうやら話を聞いてくれないルーナにしびれを切らせてしまったみたいだ。

ルーナも何か言い返していて、お互い言葉が通じないながらも言いたいことが伝わっているような状態で言い合いを始めてしまった。他人のドラゴンと喧嘩する人なんているんだ。

……ではなくて。ええと、どうしよう。


「お、落ち着いて……」


そのくらいしか言えないよね。

僕にはこういう喧嘩の止め方は一生わからない気がするよ。


「なるべく早く行動しなきゃと僕も思っているけれど、少し冷静になって考えてみよう。一旦ね、一旦、一息ついてみよう。スアも、ルーナも、もちろん僕も。イヴリはきっと大丈夫。自分の身はしっかり守れる子だからね。それはきみたちもわかるでしょう?」


そう、自分にも言い聞かせながら話す。実際そうなんだ。焦れば焦るほど、安直なプランで行動して総崩れになる。もしこの状況に陥ってしまったのがスアのような子だったら話は別だけれど、今回はイヴリなんだ。だから大丈夫。多分、きっと、おそらく……。彼が無謀を働かなければ。

とりあえず、僕たちは冷静になる必要があると、僕は考える。


「温かいものをお腹に入れて落ち着こう。ね?ルーナは……そうだね、さっきの人たちが近くにいないか空から見回ってほしいな。何かあったら教えてほしい」


ルーナは僕を一瞥して飛び立っていった。きっと、わかったということかな……そうだと思っておこう。後からイーオス(僕の相棒のドラゴンの名前だ)も行かせてみようか。空は飛べないけれど、足が速い。


「スア、そろそろ誰かがおやつを振る舞う時間かもしれないよ。朝何か言っている人はいなかった?」


普段なら各々好きに話す今日の予定をざっくりと覚えているのだけれど、さすがに数年前のおやつの献立は覚えていられない。だから、不自然がないようにスアに尋ねた。

スアは朝食での会話を思い出したようだ。


「カイラムおじさんが張り切ってるって、奥さんが言ってました」

「ふふ、じゃあカイラムが何か作ってくれるみたいだね。彼の得意料理は何だったかな……?干した果物と何かを混ぜて焼いて、甘くてもちもちのお団子みたいな……」

「?」

「どういう仕組みでできているのかわからないけれど、おいしいよ。食べておいで」


みんなにスアを落ち着かせてもらおう。

……あ、と。そうだ。


「おやつをもらったら、飲み物も一緒にね」

「? はい、もちろんもらいますけど……」

「それはよかった。おいしいけれど、口の中の水分が全てなくなるからね」


スアは、くすっと笑ってから集会所に向かって行った。これで元気になればいいのだけれど。



……さて。僕は動くしかない。イヴリのことを考えるのは大人の僕の仕事だ。

イーオスに見回りを頼んだ後、飲み物を持って自分のテントに入る。1人で静かに考えたかった

テーブルにコップを置いて、椅子に座ると自然とため息が漏れてしまう。

ついでに、独り言も。


「……考えることが山積みだ」


どうして、このタイミングなのか。

どうして、自分はここに立っているのか。

どうして、世界を壊した記憶を覚えているのか。


それよりも今はイヴリをどう助けるかを考えたいのに、自分のことについての考え事がノイズとなって邪魔をしてくる。

きっといつもの僕で事を進めてしまえば、たどり着く未来は同じなんだろう。

人生の選択に正解不正解はなく、ただ自分が行った行動の処理を結果として見せてくる。未来はそうやってできていると僕は思う。


だから、もしここが未来の分岐点になるのなら……。


「……詰みそう」


思考がぐちゃぐちゃになって。

このまま考え続けて、結果的に何もできなかった事実だけを残してしまう。それだけは絶対に嫌だ。

けれど、今考え得る最善策も浮かばない。

僕は、天井に向かってため息をこぼした。

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