3
「よお旦那。テントのシワいくつまで数えたんだ?」
驚いて肩が跳ねる。その反応だけで、声の主は満足そうに笑う。
少し癖のある髪を1つにまとめて、影を踏みつける勢いでずかずか入ってきたのは、顔だけは無駄に整っている大男。キリッとした目つきは、自分で「この目に見つめられたら腰が砕けない女はいない」と言っていた。……彼の名はガルド。こんなに彼のことを知っているのは、何度も隣でその話を聞かされていたからで……。
ガルドは勝手に僕のテントに入ってきて、こんなふうにからかってくる。考え事をしている時はいつもね。
「テントのシワなんて数えていないよ」
「そうか?かなり長いこと天井と見つめ合ってたみたいだが……ずいぶんいいご関係だったじゃねえか。あー、それが俺だったら、この横顔……女の子は立ち止まっちゃうね」
「僕には婚約者がいるから立ち止まられないで結構……」
「わっはは!そりゃそうか!」
……疲れる。好き嫌いではなく、今はあまり余裕がない。彼には申し訳ないけれど、話すのは絶対に今じゃない。
ガルドはひとしきり笑うと、真面目な顔で口を開く。
「で、何かあったのか?さっきスアと話してたみたいだが」
「……いつも思うのだけれど、きみは一体どこで見ているんだい?」
「意外とその辺にいるもんだ」
「……どうだか」
「なんだよ、いつものノリでもねえな。色男が相談に乗るぜ?」
そう言って、ガルドは来客用の椅子にどっかり座る。……彼はこうなると僕が話すまで帰らない。別に他言するような男ではないけれど、僕的に今回の件は巻き込みたくはない気持ちの方が強い。
「本当に大したことではないよ。今は1人で考えたいんだ」
「ふうん……?」
ガルドは僕を見て目を細めた。
観察されている。そう感じる。
「クリエ。お前がそう言う時、大抵ろくでもねえんだが?」
「……今回は違うよ」
「違わないと思うぜ?顔にハッキリ書いてある。クリエ困ってます!ってな」
「……書いてないよ」
「いや書いてるね」
ガルドの心の中を見透かすような鋭い視線と真面目なトーンで胸が痛い。
どうして彼はこんなに勘が鋭いんだろうか。
「いいか?クリエ」
ガルドが僕に向き直る。僕もつられてガルドの方を向く。
「別に俺は深入りするつもりはねえ。聞きたがりの女じゃねえしな。それに、お前の強さは理解してるつもりだ」
「……そう。それなら──」
「でもよ、いくら強くても1人で困ってヤケクソで動いたら、ただの雑魚だぜ?旦那?」
ガルドはニヤリと笑う。
僕は冷たい視線を向けたつもりだけれど、ガルドのペースを崩せた自信はなかった。
それさえもお見通しだと言うように、ガルドは続ける。
「俺はお前が雑魚になるの、見たくねえけどなあ?」
「……」
まるで僕の胸の内をわかっているような顔。実際彼は僕が何か隠しているということは、もう確信に至っているみたいだ。
……ああ、もう。
「おせっかいもほどほどにしなよ」
「ほどほどにしてっから、こういう時にしか来ないだろ?」
片眉を上げ、ガルドは追い討ちをかける。
「ひとりで抱え込んで潰れたら、誰がアエスカルを連れて行くんだ?まだ親父さんもいるだろうが、次はお前なんだろ?」
その言葉に胸の奥に鈍い波が立つ。
……はっきり言ってその通りだから、否定の言葉が出ない。
「……潰れはしないよ、ただ」
「ただ?」
「まだ決断に至っていないだけ。材料が揃っていないんだ」
「ほう、材料」
ガルドが興味深そうな相槌を打つ。聞いた後に逃げるなよ。きみが首を突っ込んできたのだから。
「もしかしたら、この辺りに僕たちを狙っている人間がいるかもしれない」
「俺たちを狙ってる?」
「うん……まだ小さい噂だけれど、変な話が広がってる」
そう、この時期ではまだ小さな噂だった。
竜と血を混ぜる民族、アエスカルの血を飲めば長寿になる……肉を食らうと体が丈夫になる……そんな噂。
僕たちは子供のうちに、生涯を共にするドラゴンと契約する証として血を混ぜる。それによって確かに魔力は人より強くなるのは事実だ。
……けれど、僕たちの血肉を体内に入れたからといって、何か変化が起こるようなことはない。
そう、全くのガセ。
世界はこの小さな火種のようなガセを大きな炎にして、僕たちを狙うことになる。
そして……。
「おーい、まだ何も聞いてねえんだ。ため息はよせよ」
ガルドの声がけにハッとする。
ずいぶん先のことまで考えてしまったみたいだ。これはまだまだ未来の話……まだ、きっと避けられる余地はあるはず。
「ごめん。考え事」
「俺が目の前にいんのに?!」
「きみが目の前にいるからだよ」
「なんだよそれ」
「そのままの意味さ」
ガルドは面白くなさそうな表情で僕を見る。
その横で僕は飲み物を一口飲み、心を落ち着かせる。そうだ、冷静になれ。僕らしくない。
ふう、と一拍呼吸を入れ、僕は説明を始める。
「変な噂っていうのはね。簡単に言うと、僕たちアエスカルの民族の血肉を食べたり飲んだりすると、体が強くなる……という噂なんだ」
「は!?なんだよそれ、気色悪ぃな」
「でしょう?……とても悪趣味な嘘の塊だよ」
「で?じゃあ何だ。今言った気色悪い噂信じてる奴らがこの辺りにいるってことか?」
僕は小さく頷く。ガルドは、マジかよ……という表情が顔に出ていた。
話を続ける。
「それに、スアが狙われた」
「スアが?なんで。あいつは違うだろ」
「あの子が違うことは僕らにしかわからないんじゃないかな?だから、多分……」
「?」
「人質。この噂を信じているなら、大人の血肉の方がたくさん摂れるでしょう。体格の分だけ、単純にね」
「我が子のためなら身を捧げる親も多いってか。そんな話考えたくもねえが」
頷く。
まあ、スアはアエスカルの人間ではないのだけれど、子供を狙ったということは、向こうの悪意も本物なんだろう。もしも実際にそれをされたら、神父の親を引き渡すだけだけれど。
「僕が同じ立場なら多分そうするね。子供に魔力のポータルを食べさせて、発信機付きで返すんだ。そうするといつでも採りに行ける」
「人の心ってもんはねえのか」
「人が牧場を作って牛を飼う行為を置き換えただけだよ。シンプルでわかりやすいでしょう?」
心底引いた顔をしてから、ガルドは尋ねる。
「スアが狙われて、この辺にまだ変態がいるかもしれないのはわかった。でも、それだけでお前が考え事やめないのはおかしいだろ。ってか、スアはどうやって帰ってきたんだよ」
「……そこだよ。僕が1番頭を抱えているのは」
「あ?」
「イヴリが間に入ってスアを助けたらしいんだ。ルーナで救出したみたい」
「そりゃ大したもんだ」
「……」
「で、お兄ちゃんを大層困らせることが起きてますよ、と」
つい、大きなため息が出てしまった。
「う、うん。お前はよくやってるよ。その、なんだ?イヴリもまだ17なんだしよ、少しのヤンチャは大目に見てやれって。それが大人のよゆ──」
「多分レギアスに転移したんだ」
「……あいつマジでやってんな」
綺麗な手のひら返し。
どうやらガルドはレギアスのことを知っているみたいだね。
「あの国、魔法を規制されているでしょう?」
「ああ。それと、結構前にたまたますれ違ったキャラバンのやつらがいたろ?そいつらから聞いたんだが……あそこ、今は許可証ないと中に入れないらしいな」
許可証……?外国人の出入りを規制してるのか。一体何をやっているんだろう。
確かに、レギアスは近くに大きい国があるし、周囲の国と緊張状態に陥ったのかな……。それかレギアスが戦争をしたいから、
そうなるように煽っているのか。どんな理由にしても、僕の耳には入ったことのない情報だ。
「詳しく聞いてる?」
「いいや?わからん。あいつらも多分又聞きの情報じゃねえかな。……しっかし、イヴリのそのぶっ飛び転移魔法、どうにかなんねえのか?」
「それは僕も思っているよ」
「今度手取り足取り教えてやれよ。お兄ちゃんだろ?」
「もう手は尽くしたと言ったら?」
「それはイヴリの光るセンスに脱帽だわな」
僕の代わりに両手をあげて降参のポーズをしてくれる。僕はイヴリへのフォローはせずに相槌打つことしかできない。まあ、本人がいないから問題ないでしょう。
「……許可証が必要となると、正面から入る手段もない、ね。困ったな」
「魔法使ったら即逮捕だしな?どうするよ?イヴリが何も問題起こさず自力で出る方法考えつかねえぞ」
「それは僕も同じ考えだよ」
「……そりゃ、旦那も頭を抱えるってこったな」
「うん……すぐにでも動きたいのだけれど、なかなかそうもいかない状況みたいだし。距離があまりにも遠すぎて、情報が人の又聞きしかないのも……」
「そもそもこの辺の国のやつらも知らねえだろ。こんな情報」
「それは、そうか。そうだね」
距離的にも国の体制的にも貿易なんてするメリットがない。国の名前を知っていても、どんな国かまでわかる人はほとんどいないと思っている。そのくらい、僕たちには距離も文化も遠い国だ。
「……どうにか入る手段を考えて、レギアスに向かう覚悟はあるんだ。たとえイヴリが立ち去った後でも何かわかるかもしれないし」
「何もわからなかったらどうすんだ?」
「レギアスの情勢がわかるだけでも収穫」
「お前のアエスカル近づかないリストにレギアスが仲間入りするってことか」
「何?そのリスト。既に連れて行きたくないから、それには加入済みだと思うけれど」
話していると、イーオスが首だけテントに入ってくる。
「イーオス。見つかった?」
そうだと言うようにひと鳴き。
「なんだ?探し物でもしてたのか?」
「ルーナとイーオスで、スアを狙ったやつらを探してた」
「なるほどな。それで、見つかったと」
「多分ね」
イーオスに近づいてありがとうと伝える。彼は今すぐにでも出かけてほしそうだ。
「俺が行こうか?」
ガルドが僕の背中に声をかける。
「ううん。大事な話があるからね。僕が行くよ」
「……こっわ。目の奥笑ってねえぞ」
「そんなことはないよ。……イーオス、連れて行ってくれるかな?」
イーオスの首に触れる。彼は頭を僕の頬に擦り寄せた。オッケーのサインだ。
「ふふ。……じゃあ、ガルド。少し出かけてくるから、みんなをお願いね。もし戻りが遅くなっても……そうだな、少し遠出したと伝えておいて」
「了解。せいぜい気をつけろよ」
「うん、まあなんとかなるよ」
僕は装備を整えてイーオスに乗る。少し日が傾いてきていた。
次の更新予定
災厄の話 橋本 @kaoet
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