災厄の話

橋本

1

雪の降る夜のような何も音がない世界に、僕の声が染み込んでいく。


まるで、真っ白な紙に黒いインクを落とすように。

まるで、水に投げ込まれた石が起こす波紋のように。


破壊を望む僕の声が。


これは「滅歌」。

神に選ばれた者だけが知る、滅びの歌。



「壊れろ」

全てのものよ 存在を続ける理由を失え


天よ その広がりを捨てよ

星々よ 己が灯を忘れよ

雲よ その巡りを止めよ


「静まれ」「裂けろ」「消えろ」

世界に空は必要ない


大地よ 支えることをやめよ

山よ 崩れ落ちよ

川よ 流れを失え

根を張るもの全てよ 地を頼むことを忘れよ


「沈め」「崩れろ」「断て」

その姿を保つな


世界よ

私は願わない

私は祈らない

私は嘆かない

これはただの命である


「壊れろ」「滅びろ」「終われ」

ここで全てを手離し ひとつ残らず無に帰れ



僕の長い髪が燃え消える。そこに溜めていた全ての魔力を使ったから。

全て消えてしまう。誰も世界の終焉を知らないまま。


世界は熱のない炎に舐められるように、静かに輪郭を失っていく。

僕は目を閉じる。終わりを見届ける必要はない。

消える世界に溶けていく。



溶けながら、自分の生について振り返る。

決して、これは懺悔ではないんだ。

ただ、誰かに届いて、静かに相槌を打って欲しい。


けれど、これから消滅する世界にそんな存在はいない。

それを壊したのは僕なのだから。


どうせ溶けてしまうのなら。

誰にも届かない独り言も溶かしてしまおう。

僕の生について。


……あれは、一体誰が言い出したんだろう。

「災厄」。

気づけば僕は、そう呼ばれていた。

突然現れては工場を焼き、武器庫を壊し、街を瞬く間に破壊する魔法使いだから……だから、厄としか呼びようがなかったんだと思う。

当然、近くの国々は結束して災厄を殺そうとした……のだけれど、そのための武器は炭になっていたから何もできなかった。

国に魔法使いもいるけれど、災厄の力に敵うほどではなかったんだ。

だから、彼らが当時できたこと……それは、1日でも早く災厄が国から立ち去るのを願うことだったんじゃないかな。


……そうせざるを得ない理由が、当時の僕にはあったんだ。

あの頃、僕たち民族は命を狙われていた。

血を飲めば長寿になるとか、肉を食らうと体が丈夫になるとか。

そんな、誰が広めたのかもわからない噂が世界に広がって……。ありもしない事実を信じた人たちが、僕の仲間を誘拐したり殺害したりしていたんだ。

でも、このことはみんなには知らされることはなかった。


僕は守りたかった。

仲間を恐怖で埋め尽くしたくなかった。

僕だけが苦しめば、みんな笑顔でいれると思っていた。


……だけれど。

……。


僕は弟を殺した。


……ある晩、言い合いになったんだ。

僕が災厄だと知られたから。

周りの国からの矛先がたくさん向いてしまった、そんな時期に。

彼は僕に言った。

「俺が災厄として死ねば、それで終わりだろ」

……。

僕は否定した。たくさん、たくさん否定した。

もしかしたら彼の人格を否定するような言葉も吐いてしまったかもしれない。……それでも、そんな選択はしてほしくなかった。

僕は仲間を守りたかった。弟を守りたかった。

……それだけなんだ。


言い合いは決着がつかなくて、夜が更ける頃には弟の姿はなかった。



雲一つない、とても気持ちのいい天気の日。

あの日は朝の空気がひんやりしていて心地が良かった。


僕が災厄をやり遂げた直後、死角の空から彼は降ってきた。

気配を消して、纏う魔力を消して……僕に自分は誰かを悟られないように。丁寧に、丁寧に。

だから、気づいた時には、彼の漆黒の刃は僕の頭上に迫っていた。

……僕はそれに手を伸ばしてしまった。身を守る条件反射だ。

鋭い稲妻が、彼の頭から足の先までを貫いていった。


最期、目が合った弟は微笑んでいた。まるで、自分の思い通りになったことを喜ぶように。


災厄が死んだ!と、周りに潜んでいた人間が世界に言いまわる。

僕は災厄を倒した英雄に担ぎ上げられたんだ。

至る所で浴びる、賛辞の声。

そして、鳴り止まない身に覚えのない拍手。

僕の中には、弟を殺したという罪が重く重くのしかかっているのに。そこに人々の賛辞がのしかかる。


人々は生き残った災厄を担ぎあげた。

みんなが選んだのは災厄だった。


……だから、もう、壊してしまおうと思ったんだ。


世界がゆっくり溶けていく。



最後に僕の耳に聞こえた音は……紙を破くような音。

そして、失敗したページをそのままゴミ箱に捨てるように、


 の 意識



  世界の全


 て


       が


  一瞬









「……あれ?」


目を開ける。目を開けることができた。

空はよく晴れていて、ドラゴンたちも気持ちよさそうに眠っているようだ。


……どうして僕は立っているんだろう。

だって、今世界を壊したはずで、確かに意識が遠くなる感覚がしたのに。


僕はなぜか、アエスカル(僕の民族の名前だ)の拠点にいる。

あれ……左足がない……これ、治したのいつだっけ。でも、ないということは何年か前なんだろうね。はっきりとした時期はわからない。


「クリエさん!」


考え事をしていると、後ろから切羽詰まった声が聞こえてきた。

マフラーをかけて、首からは十字架の首飾り……ええと、これは誰だっけ。


「やあ。ええと……きみは…」

「しばらく同行を許可していただいた、牧師の息子のスアです!」


スア……スア……ああ、牧師の息子だ。

移動中、たまたま出会った親子だ。仲間はたくさんいたのだけれど、道中で賊に襲われてみんな散り散りになってしまってはぐれた……なんてことを言っていた気がする。

彼の父親が興味深い魔導書と教典を持っていたから、内容を教えてもらおうと思って同行を許可したんだ。

基本的に、息子の方は僕に用はないと思うのだけれど……。


「ああ、スア。どうしたんだい?」

「大変なんです!!イヴリが……」

「……!」


あの時か……と、僕の頭の中で記憶が繋がった。

そして、ここが何年前かも。


僕は、世界を壊した3年前から人生をやり直すみたいだ。




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