おめでとうの朝

武江成緒

お正月料理の話




「明けましておめでとう」

「おめでとう」


 元旦の朝。

 母が、父が、兄が、姉が、初の朝日を浴びながら、たがいに挨拶をかわしている。

 まっさらな年を迎えたことを。新しい年が良いものであることを。たがいに願って笑顔をむける。

 そこに、わたしの居場所はない。


 一月一日。それがわたしの生まれた日。


『ほんと、大騒ぎだったのよ。まさかお正月の日に産まれるなんて、誰も思ってなかったんだから』

『そうそう、あの時は慌てたなあ。病院あいてないだろって、まず、ゾッとしたよ』


 まるで迷惑ごとか何かみたいな。

 それともわたしが、大失敗でもやらかしたような。

 笑顔でそれを話す親たちの顔を見ると、笑いものにでもされているみたいで。


『あの年は困ったよなあ。おれ、もう二月に中学受験あったんだぜ』

『どっちのじいじもばあばも、もう、お年玉どころじゃない大騒ぎだったよね』


 兄や姉は、さらに露骨にそんな文句をたれ流しては、にやにや笑った。

 バースデーケーキなんて、一度も用意してもらったことはない。


『おせちや雑煮を食べたあとにケーキだなんて、もう、勘弁してくれよ』

『年末年始は出費おおくて苦しいのよ。ちょっと我慢してちょうだい』


 お誕生パーティーも、兄弟姉妹のなかでただ一人、わたしだけが開いてもらったことがない。

 夏休みや春休みならともかく、お正月を差し置いてまで来てくれる友達なんていないんだって、この十二年で思い知らされた。




 だから決めた。

 わたしの生まれた干支がまた巡ってくるこのお正月は、この十二年の思いを込めて、とくべつなお雑煮とおせち料理を用意して。

 家族みんなに、たっぷり味わってもらおう、って ――。






「あ、うまいじゃん、ローストビーフ。

 やわらかくって、今年は量も多いしさ」


「ほんとねえ。だし巻きも、なんだかとっても旨味があるわ」


 兄の言葉を母はかるく受け流す。

 どう? その味。 まだ気づかない?


「うーん、だが、このつくねはいまいちだな。

 味は悪くないんだが、軟骨が多すぎる」


 そんなことを言いながら父もぱくぱくおせちを食べる一方で。

 家族のなかで実はいちばん食い意地のはってる姉は“エビ”を丸ごとばりばりかじっている。

 そろそろ気づかないもんかな。つくねはまだしも、“エビ”なんてすぐわかりそうなもんだけど。

 きっと赤けりゃ味なんてわかんないんだね。

 ぬいぐるみでも赤かったら、わたしから取り上げちゃうほど赤色が好きな人だったから。


 母は毎年、おせちを早めに注文して、お雑煮の下ごしらえも大晦日までに済ませてしまう。

 家族はみんな寝るのが早くて、夕食のデザート代わりに年越しそばを食べてしまうと、年が明けるか明けないか、そのぐらいには眠ってしまう。

 だから、みんなが眠りこんでるその間に、お雑煮とおせち料理に手を加えて詰めなおす時間はたっぷりとあった。




「母さん、雑煮、おかわりねえの」


「あなたもう三杯も食べたでしょ。

 でも変ねえ。こんなにたくさん作ったかしら」


「いや、今年の雑煮はうまいからなあ。

 寒ブリも脂がのって、これなら俺ももう一杯たべられるよ」


「今年はすっごい奮発したんだね、ママ。

 寒ブリだけじゃなくって伊勢海老まで入れちゃってさ。

 ほら、ミソがこんなにたっぷり」


「あらやだ。私、伊勢海老なんか入れてないわよ?

 それきっと、お味噌の溶けのこりじゃないかしら」


「母さんさあ、普通の味噌と白味噌まぜるのはいいけど、まぜ方が甘かったんじゃねえの。

 俺のにも、ほら、白味噌じゃない味噌のかたまり」


「まあ、いいじゃないか。俺は好きだな。こってりして、いい味でてるぞ。

 雑煮っていうよりも、豚骨スープみたいだな」


 惜しいね、お父さん。

 でも、そろそろ気づいていいんじゃないの。そのお雑煮、味噌でつくったもんじゃないよ。


 ううん、「ミソ」も混ぜたけど、メインは骨のスープだよ。

 わたしの左足の骨、まるごとつかって、煮だしたスープ。


 それだけじゃきっとバレるから、ミソはミソでも私の脳味噌、ほとんど全部つかって混ぜたら、毎年のお雑煮に使う味噌にそっくりの色と粘りになってくれた。

 具材だって、寒ブリなんかじゃなくて私の肉の切り身だ。体じゅうの肉をばらして肉質を選び抜いた甲斐があったのか、みんなブリって思いこんで疑わない。


 もちろんおせち料理だって、肉はぜんぶ私の肉で作ったものを詰めなおしてある。ローストビーフ、つくね、肉巻き。肉じゃないものも一つのこさず、私の骨のお出汁でいちど煮直してある。

“エビ”にいたっては、そのまんま、わたしのユビだ。茹でたらなんとかきれいな赤になってくれて、いい感じに丸まって……でも、もう三本も食べたお姉ちゃん、まだ気づかないのは予想外だけど。


 ……でも、さすがにそろそろ、みんな気づくはず。




 どう? お父さん、お母さん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。

 お誕生日もいちども祝われたことなかった、そんなわたしが逆にみんなに用意したバースデー料理、兼、お正月料理。


 何も知らないで、わたしの肉を、脂を、出汁を、脳味噌を、たっぷり食べて、味わって、自分の肉に、血に変えて。

 このおめでたい日のたびに、これまでずっと無視してきたわたしの体を、のん気に笑いながら味わって。

 どんな気持ち? 驚いた? 気持ち悪い? くやしい?

 毎年のわたしの気持ち、カラダではっきり理解した?




 お母さんとお父さん、お兄ちゃんは、お猪口にお酒をそそいでる。

 ほんのり赤いものが混ぜてあるのも、お酒のにおいでも消せない生臭さがあることも、気にしないまま飲んでいる。

 お姉ちゃんは、ユビをとうとう一本のこらず食べつくした。


 ……ああ。

 気づかない。

 気づいてくれない。

 気づいてくれる様子さえもない。


 そりゃそうか。

 食卓のすみの席にすわってるわたしの姿が、肉をほとんどそぎ落として、左足と、右のひざから下がなくて、からっぽになった頭にぽっかり穴が開いてる。

 そんな姿になってるわたしに、ぜんぜん気づく様子もなく「おめでとう」だなんて言いあってたこの家族が。

 お正月料理に、この体を混ぜこんだ、そんな程度のことなんて。

 わたしの気持ちだなんてそんなもの、気づいてくれるわけもなかった。





―― ぶるるるる



 切り落として黒く染めてシイタケに偽装するのに使っちゃって、もう穴しかのこってない耳。

 その穴に、大きな鼻息が聞こえた。


 庭を見たら――ああ――なんてことだろう。

 朝の光にとけこみそうな真っ白な体をした、今年の干支の動物が、こちらに鼻づらをむけて、慰めるような、憐れむような黒い目をして、わたしの方を見ていてくれた。


 迷うことなんかなかった。

 残骸になった体をぬけて、窓のサッシを通り抜けて、よいこらしょ、と白い背中に乗っかると。

 白い馬は、ひひーん、っていなないて、元旦のあたらしい太陽むけて宙を駆けだした。




 最後にいちどふり向くと、ダイニングのテーブルでは。

 わたしの身体をたっぷり喰らって、歯はとがって、目はぎらぎらと底光りして、角まで生えて、肌はまっ赤や青にそまって、お正月にはなんともふさわしくない格好になった元・家族たちが。

 わたしの残骸をお餅みたいに引きちぎっては、耳まで裂けた口を開けて食べていた。





《了》

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おめでとうの朝 武江成緒 @kamorun2018

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