第7話 先に壊れたのは、空気だった
最初に壊れたのは、人じゃなかった。
空気だった。
朝の教室。
いつも通りのざわつき。
いつも通りの席替え前の雑談。
でも、どこか――
音が合っていない。
笑っているのに、間がズレている。
会話が続いているのに、噛み合っていない。
ユウキは、それを説明できなかった。
ただ、分かった。
(……嫌な感じだ)
転校生が来たのは、二時間目の途中だった。
「じゃあ、紹介するぞ」
担任が、教室のドアを開ける。
「今日からこのクラスに入る、ミナトくんだ」
少年が、一歩前に出た。
背は普通。
顔も、普通。
特徴らしい特徴は、何もない。
「……ミナトです。よろしくお願いします」
それなのに。
教室が、ほんの一瞬――
沈黙した。
誰かが息を飲む音がした。
でも、理由が分からない。
サイトだけが、微かに目を細めた。
ユウキは、目を逸らせなかった。
転校生――ミナトの視線が、
一直線にこちらを向いていたからだ。
笑っていない。
敵意もない。
ただ、値踏みするような目。
その瞬間、胸の奥がひくりと動いた。
『……来たね』
アローンの声。
(来たって……何が)
『君と同じ“仕様”の人間だ』
背中に、冷たいものが走る。
休み時間。
ミナトは、迷うことなくユウキの席に来た。
「ねえ」
距離が、近い。
「君、最近――
周りが変だと思わない?」
言葉を選んでいるようで、
実は、全く選んでいない声。
「……え?」
「やっぱり」
ミナトは、小さく頷いた。
「“いる”ね。君の中」
その瞬間。
世界が、ほんの少しだけ遠のいた。
「場所、変えよう」
ミナトが言う。
「人のいないところがいい」
断る理由は、山ほどあった。
でも、体が動かなかった。
気づけば、二人は屋上にいた。
風が強い。
フェンスが、低く鳴る。
「自己紹介、遅れたね」
ミナトは、フェンスに手をかけた。
「僕の中にいるのは――
**前世で“革命を成功させた演説家”**だ」
さらっと言う。
「能力は単純。
言葉を“信念”に変える」
ユウキの喉が、鳴った。
「信念……?」
「そう」
ミナトは、ユウキを見る。
「人は、信じた瞬間から、
それを疑えなくなる」
ぞっとした。
アローンが、低く笑う。
『厄介だ』
「君の中の人は?」
ミナトが、楽しそうに聞く。
「詐欺師、だっけ?」
その瞬間。
ユウキの視界が、切り替わった。
「革命家か」
アローンが、表に出る。
「一番嫌いなタイプだ」
声が、落ち着く。
「人を救う顔で、
まとめて殺す」
ミナトの表情が、初めて変わった。
誇らしげに。
「褒め言葉だよ」
「だろうね」
アローンは、肩をすくめた。
「で?
何が目的だ」
「確認」
ミナトは、即答する。
「この世界に、
どれくらい“同類”がいるのか」
屋上の空気が、重くなる。
ミナトは、一歩前に出た。
「じゃあ、試そう」
そう言って、
一言だけ口にした。
「――君は、正しい」
その瞬間。
胸の奥が、熱くなった。
(……え?)
ユウキの意識が、揺れる。
正しい。
そうだ。
自分は、正しい。
理不尽に耐えてきた。
間違っていない。
その考えが、
疑いようのない事実として固定される。
『……まずい』
アローンの声。
「どう?」
ミナトが、静かに言う。
「気持ちいいだろう?」
フェンスの向こうが、やけに近く見える。
「正しい人間はさ、
間違った世界に立っていられない」
一歩、前に出そうになる。
「やめろ……!」
ユウキが、必死に叫ぶ。
その瞬間。
「――それは、違う」
アローンが、重ねた。
言葉が、空気を切る。
「正しさは、
使う人間の都合で形を変える」
ミナトの能力が、揺らいだ。
「君の“正しさ”は、
誰の利益になる?」
アローンは、静かに続ける。
「君自身か?
それとも、
“君の中の英雄”か?」
沈黙。
ミナトの額に、汗が滲む。
信念が、揺れた。
「……すごいね」
ミナトは、息を吐いた。
「初対面で、
ここまで崩されたのは久しぶりだ」
能力が、解除される。
空気が、元に戻る。
「今回は、引くよ」
にこっと笑う。
「でも、これは始まりだ」
屋上を出ていく背中が、言った。
「“戦場”は、もうできてる」
その夜。
ユウキは、布団の中で震えていた。
確かに、戦った。
確かに、勝った。
でも――
「……これ、続くの?」
小さく呟く。
アローンは、答えなかった。
ただ、一言だけ残した。
『これは、序章だ』
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