第6話 王様は、すでに名前を知っていた
放課後の教室は、音が少ない。
机を引く音。
カバンのファスナー。
それ以外は、ほとんど残らない。
ユウキは、席でじっとしていた。
帰りたい気持ちと、帰りたくない気持ちが、同じ重さで胸に乗っている。
(今日は……何も起きませんように)
そう願った瞬間だった。
「ユウキ」
声をかけてきたのは、サイトだった。
いつも通りの笑顔。
クラスの中心にいる人間の、何の引っかかりもない声。
「一緒に帰らない?」
心臓が、嫌な音を立てた。
「……え」
「たまたま方向一緒でさ」
嘘だ、と直感が言った。
でも、断る理由が見つからない。
「……うん」
二人は並んで、校舎を出た。
沈黙は、サイトが作った。
急がない。
埋めない。
ユウキが耐えられなくなるのを、待つ。
「最近さ」
先に口を開いたのは、サイトだった。
「学校、空気変わったと思わない?」
「……そう、かな」
「ゴトウのこともあるし」
名前が出た瞬間、背中が強張る。
でも、サイトは平然と続けた。
「ねえユウキ。
あの日、何があったか覚えてる?」
――来た。
ユウキは、正直に答えた。
「……覚えてない」
「ふうん」
サイトは、少しだけ首を傾げた。
その仕草が、妙に演技くさく見えた。
「じゃあさ」
立ち止まる。
「“今”のことは?」
「……え?」
サイトの目が、ユウキの奥を覗き込む。
「君の中にいる人。
そっちは、聞いてる?」
その瞬間。
胸の奥で、はっきりとスイッチが入った。
「――失礼」
ユウキの口が、勝手に動く。
「自己紹介が遅れたね」
声が、落ち着く。
姿勢が、変わる。
ユウキの意識は、後ろへ引かれていく。
(やめろ……)
届かない。
「君が“サイト”だね」
アローンは、にこやかに言った。
サイトは、驚かなかった。
むしろ、嬉しそうだった。
「やっぱり」
小さく息を吐く。
「じゃあ、君が“アローン”か」
その名前を、
最初から知っていたかのように。
二人は、向かい合った。
普通の小学生二人。
でも、その間にある空気は、異様だった。
「君、面白いよ」
サイトが言う。
「ゴトウを壊したやり方。
無駄がなくて、綺麗だった」
「評価ありがとう」
アローンは、軽く会釈した。
「君も悪くない。
人を“自分で落ちた”と思わせるのが上手い」
互いに、褒めている。
でも、その実――
どこまで壊せるかを測っている。
「で?」
サイトが、指を組む。
「君は、何が目的?」
「目的?」
アローンは、少し考えた。
「今のところは――調整かな」
「調整?」
「この学校、歪んでいる」
さらりと言う。
「君みたいな存在が、
何の摩擦もなく王様をやれている」
サイトは、笑った。
「それが悪い?」
「悪くない」
アローンも、笑い返す。
「ただ、効率がいいだけだ」
沈黙。
先に破ったのは、サイトだった。
「ねえ」
声が、少し低くなる。
「君さ……
ユウキの体、どこまで使う気?」
その問いに、
アローンの目が、わずかに細くなった。
「大事な器だ。壊さない」
「信用できないな」
サイトの影が、足元で揺れた。
「僕の中の“もう一人”はさ、
壊すのが得意なんだ」
アローンは、楽しそうに息を吐いた。
「知っている」
「……へえ」
「君は、壊すことでしか自分を確かめられない」
一歩、踏み出す。
「私は、壊さずに支配できる」
言葉が、静かに突き刺さる。
その瞬間。
サイトの目が、完全に冷えた。
笑顔が消える。
「……やっぱり、同類だ」
「残念ながら」
アローンは、肩をすくめた。
「だからこそ、忠告しておく」
「忠告?」
「ユウキには、もう触るな」
空気が、凍る。
「触れば触るほど、
君の“もう一人”は表に出たがる」
サイトは、ゆっくりと笑った。
それは、今まで誰にも見せなかった笑顔だった。
「それ、脅し?」
「助言だよ」
アローンは、穏やかに言う。
「君はまだ、“遊べる段階”にいる」
「……いいね」
サイトは、心底楽しそうに言った。
「じゃあさ」
一歩、近づく。
「どっちが先に、
“器”を壊すか――競争しよう」
その言葉に、
アローンは初めて、はっきり笑った。
「いいだろう」
次の瞬間。
ユウキの意識が、前に戻ってくる。
「……え?」
気づくと、サイトが目の前にいた。
「もう着いたよ」
何事もなかったように。
「また明日ね、ユウキ」
手を振って、去っていく。
ユウキは、その背中を見つめた。
胸の奥が、ざわつく。
(……今、何かあった)
確信だけが残る。
そして、心の底で、
アローンが静かに呟いた。
『厄介なのに、目をつけられたね』
ユウキは、唇を噛みしめた。
もう、後戻りはできない。
王様は、敵になった。
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